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夜中に目が覚めて眠れなくなったのでゴソゴソと過去の音源整理とかを始めてしまった。
とりあえず前からやらなきゃと思っていた10年ほど前の小国コルネットセミナーの音源。なにぶんMD時代なのでまずはmp3のファイルに変換する必要あり。80年代90年代のカセットテープ時代の録音に比べるとまだましだけれど、それなりの手間はかかる。
ちなみに小国のセミナーについて簡単に説明を。
1999年に九州在住のアントネッロ門下の人たちの発案で、熊本の小国にある研修施設でコルネットに特化した合宿をしようと始められたもので、以降6年間、毎年3月の春分の日に近い週末に2泊3日で開かれたイベントだった。名称はコルネットセミナーだったけれど、年を追うごとに講師陣が充実して3回目以降からは結局チェンバロ、ガンバ、うた、さらにリュートありのいわばアントネッロ門下生のための合宿のさまを呈するようになった。なので僕らも後半では「なかなかや」としてアンサンブルで参加するようにしていた。
レッスンの模様、受講生による発表会、講師陣によるレクチャーや模範コンサートなど手元に残った音源はMDで30数本もあり、全部を聴き返してると大変な時間が必要だ。とりあえず自分が参加した演奏と講師陣コンサート、それにレッスンの模様などをつまみ聴きしながらファイルを作る。
しかしなんだね、研修所の他には杉の木と鳥とカエルしかないようなところにみんなが缶詰状態になって、ひたすら初期バロックにいかに取り組むか、と格闘していた時間は、今になって思うと非常に濃密なときだったんだなということをしみじみと感じる音がそこにあった。
懐古趣味ともとられかねないけど、そうじゃなくて、そういう濃い時間をいかに積み重ねていくか、が人生をどれだけ豊かにするか、ということにつながるんじゃないかと思った次第。なんかうかうかと無駄に時を過ごしてちゃいけないよね。自戒の意味を込めてそう思った。
合宿こぼれ話
GWの古楽合宿の帰り、長野新幹線の自由席に空席をみつけて師匠と通路を挟んで並んで座ることができた。会話をする訳にもいかず、東京までの時間、音楽でも聴こうとiPodを取り出していたら、師匠が「ちょっと交換しよう」と荷物の中から彼のiPodを差し出してこられた。
「えっ?」と一瞬とまどったものの、何が入っているのか判らないのが面白い、ということらしい。
しかし自分のには一般のCDの他に、自分のライブ演奏が結構入っている。聴かれて困るものはないが、恥ずかしいものはある。とはいえ師匠からの提案を断るわけにもいかず、交換に応じることに。
手に取って扱ってみると確かに人のiPodって自分のと全然構成が違って迷路に分け入ったような戸惑いを覚える。師匠のにはーこれは企業秘密なんだろうなあー演奏会向けに準備されたと思われるプログラミングのシミュレーションやカラオケ練習用のオスティナートMMOが組み込まれていて、ほう、アントネッロのNY公演はこういうプロだったのか、などわかって面白かった。
先に下車する師匠が「なかなか面白かったよ」と言って僕のを返してくれた。
いったい何を聴かれてしまったのか、それがちょっと気になる。
直前の入院騒ぎで出演が危ぶまれたコンサート、結局一部をピンチヒッター(北さん)にお願いして無事終了。
僕としては入院生活がいつまで続くか見当がつかなかったGW前半に、とりあえずラストチャンスの6日のゲネプロまでには代役を立てないと最悪いきなり本番ぶっつけでお願いすることになる、と思い団に連絡したところ、北さんに白羽の矢がたったという経緯だった。
北さんならピッコロの名手だし、66番は安心してお願いできる。しかも急遽スケジュールの無理をお願いして本番に備えてくれるということだったので、GW途中に退院して自分もコンサートに出ることが可能になったとはいえ、一旦お願いした代役に吹いてもらうつもりでいた。
ところが、本番の数日前に出番について北さんから相談があり、結局曲を分け合って吹くことになったのだった。
これは結果として良かったんじゃないかな、いろんな意味で。
スタミナの問題、練習時間の問題、お呼びしたお客さんのこと、などなど。
唯一迷惑をかけたとしたら団に余分なギャラが発生したことかな。
66番については、自分は既に鎌倉と本郷教会で演奏もしているし、吹くなら(一度はモダンも検討したけど)やっぱりバロックだなと思っていたし、だとすると持ち買え(プログラムの直前は162番でポストホルンを吹いている)直後の切り替えが難しいのと、スタミナの問題でとても満足のいく演奏はできなかっただろうと思う。あと直前の練習不足は否めなかったということもあるし。
5番と162番はバスのアリアのオブリガートという役割で、バスは春日さんでもあり、まだコンサートで演奏したことのない曲だったので、できれば吹きたいという気持ちが叶えられて良かった。本番のステージで、ソロが終わった春日さんが僕の脇をすり抜けてコーラス席に戻る時に「良かったね!」っていう感じでウィンクしてくれたのが嬉しかったね。
終曲の66番は北さんのピッコロが映えた仕上がりとなった。ちょっと場を支配しすぎ?っていう趣もなくはなかったけど、弦の人数も多いし、オーボエも目一杯吹いているし、あれくらいでちょうどいいのかもね。
最前列に陣取ってかぶりつきで聴いてくれたMさんが写真をとってくれた。しかもその隣は北さんのご両親。お母さんにお会いするのは30数年ぶりだった。これもサプライズ。
いろいろご迷惑をおかけしたけれど、北さんにも喜んでもらえ、いい形で終了することができて良かった。
2日続けての礼服。
昨日は法事、今日は演奏会本番。
結局一度は辞退した演奏会に復活出演することになった。ただ出番の曲数は減ってカンタータの5番と162番の2曲。
入院騒ぎで何かと多方面にご迷惑をおかけして申し訳ない。
でも楽しみにしていたバリトンの春日さんとのコラボが復活して嬉しい限り。
さて、これからステリハに向かうところ。
礼服は僕らの場合、冠婚葬祭よりも演奏会で使う回数の方が圧倒的に多いよね。ステージは照明などで温度が高いことも多いし、そもそも演奏で汗をかくからなるべく薄めの礼服を選んで買うことにしている。今日は楽器も多いし着替えも荷物になるので礼服を着たままでのお出かけ。
爽やかなこの季節だとまだ大丈夫だね。来月はもう無理かな。
辻仁成の「右岸」に自分が入学した福岡の西高宮小学校が出てくることは以前の日記に書いた。
グーグル地図で探っていて、その近くに僕が卒園した幼稚園がまだ存在するのを発見したのはその時のこと。
今日、法事で帰省したついでにその辺りを訪れてみようと思い、実家に帰る途中に寄ることにした。
天神から西鉄電車に乗り換えて平尾で下車、まず幼稚園を探す。園はわかりやすいところにあり、すぐ見つけることができた。
ただ流石に幼稚園児の時の記憶は淡すぎて園の佇まいにも周りの環境にも思い出につながるものはない。。半世紀前のことだもの、無理はないね。
しばし正門、裏門で写真を撮る怪しい人に変身。
門のところにあった案内板によると今の教育法はモンテッソーリらしい。昭和30年代は普通のキリスト教系幼稚園だったと思うが。
だんだん暗くなってきた。線路を挟んで駅の反対側の小学校まで足を伸ばしてみる。学校に着くころにはもうだいぶ日が暮れて携帯では写真も撮れなくなった。
こちらは一週間しか在籍しなかった学校だし、なんの記憶も残っていない。
正面玄関に佇んでいたら校舎から出てきた児童たちに挨拶された。
さて、学校は確かめたことだし不審な行動はやめて帰るとするか。
5/3にははれて退院。久しぶりに自宅に帰る。諦めていた古楽合宿に途中から参加しようと画策、行っても行かなくても参加費用が戻って来ないのなら行った方がいいよね、というせこい考えもあったりして。
退院の翌日に朝の新幹線で信州に向かう。幸い自由席でも座れてラッキーだった。いい天気でローカルバスから見る千曲川の景色に目も心もリフレッシュしてホントに来て良かったなあと思う。合宿所に着いたらまりえさんが(誇張じゃなく)涙を流して喜んでくれた。懐かしい人たちと再会。中には数年ぶりに会う人も。
実はコルネットについてはこの数年ちゃんと吹いてなかったのでGW前半に集中してさらってから合宿に来ようと思っていたのだけれど、緊急入院のためそれも叶わず、合宿でいきなりのリハビリになってしまった。管楽器クラスの課題曲、ベルガマスカが懐かしい。
天気も眺めも良かったし、みんなとの演奏も楽しかったし、最後のバンケットでは生演奏をバックに芝生で簡単なバロックダンスも踊って音楽村を満喫した。
師匠とゆっくり対話できたのもすごくありがたかった。行って良かった。
5/5に帰京、GW最後の日は洗濯したり散歩したりの調整日。
なんかGW前半と後半でまるで違うので我ながら同一人物の日記と思い難いね。
4/27(金)
仕事終わって帰宅途中からみぞおちのあたりに痛みを覚える。そういえばその朝も起きたときちょっと胸が痛かったのだった。前日飲み過ぎたわけでもなし、食あたりをした覚えもない。日中は大丈夫だったのだが、不審に思いながらも徐々に痛みが増す。
胃薬を飲んでも治まらないので意を決して夜の10時くらいに緊急もやっている近くの病院に歩いて行く。ただそこでは検査ができないから東京医療センターに行くように勧められタクシーで移動。採血とか心電図とかレントゲン、終いにはCT検査までされて、恐らく胆石が胆管に入ったのだろうという診断でそのまま入院を宣告されたのが深夜1時ころのことだった。着の身着のまま来ていきなり点滴生活に突入。
4/28(土)
朝、緊急病棟から消化器科の病棟へ移される。一晩経ったら胸の痛みはだいぶ治まった。
入院したはいいがその後の予定がどのようになるのか、見当もつかない。あいにくGW突入で病院も休日体制、いろんな機能が正常化するには平日の5/1まで待たないといけないらしい。とりあえず会社の人たちにしばらく出社できそうもないことをメールし、泣く泣くGW後半に参加する予定だった信州での古楽合宿のキャンセルを申し入れる。ついてない。
4/29(日)
4/30(祝)
ひたすらヒマ。検査もなし、点滴のみの生活。何も口を通ってないのにおなかも空かず、のども乾かないのが不思議。
体重が約3kg減った。新聞をくまなく読む。
唯一の和みどきは看護士さんがやってくれるシャンプータイムという暮らし。
5/1(火)
エコー検査の結果、どうやら懸念された総胆管結石ではなさそうと担当のK医師。ただ胆のうの結石は大きいし再発の可能性があるのでこれは腹腔鏡で摘出しましょうという結論になる。外科手術になるのでそのための検査を翌日行うこととなった。
5/2(水)
内視鏡(やっぱりオリンパス製だった)、CT(こちらは東芝製)、心肺機能の検査などなど。
痛みも再発せず、5/3に一旦退院して後日改めて手術のために再入院することになった。
それから脂質を制限するための栄養指導を受ける。1日摂取する脂質の量を20g以下にしろとのお達し。目安一食5gに抑えようとするといろんなメニューを諦めざるをえない。手術を受けるまでの食事管理が大変そうだ。
昨日は会社の登山部の例会で丹沢は塔の岳へ登って来た。
麓の大倉を8時半に出発して塔の岳山頂まで4時間。
延々と続く登り道で結構ハードだった。
おかげで頂上で食べるカップラーメンのうまいこと!
天気はあいにくの曇りで山頂からの景色は楽しめなかったけれど、風もなくしばしの休息。鹿と戯れる。
下りは沢まで一気に下るコースを選択。
麓にたどり着く頃には完璧に膝がわらってしまった。
林道をゆっくり大倉バス停まで戻って結局下りも所要時間は4時間。
家に帰ってゆっくり風呂に入ってピール。
当然のことながら昨夜は熟睡した〜。
MATのCDがいくつか手に入ったことから、この週末は過去演奏の整理などをしていた。
だんだん手元に同一曲、中でもバッハのロ短調ミサとモーツァルトのレクイエムのCDが溜まってきた。
レクイエムまとめ聴き。
今まで古楽器では10数回演奏したことになるけれど、やっぱりMATのオケとヴォーカルアンサンブルの組み合わせが一番しっくりくる。というのも、MATの場合あるフレーズが合唱に出てきても器楽に割り振られていても同じ統一した歌われ方をするし、ユニゾンになった時にもお互いの邪魔をすることなくむしろ補強することが出来てる。これはやはり一人の指揮者の下で長らく一緒に音楽を作ってきたことが正にいい形で結実しているからだと思う。もちろん実力のある人たちの集まりだからということは今更言うまでもないが。(え?自分のことが棚に上がっているって?まあ、そこは問わないことにして)
自分の葬式のBGMにはMATの毎年レクイエムの第5回目とロ短調ミサ(浜離宮朝日ホールでの磐田バッハ合唱団かカテドラルでの中央大学混声合唱団のもの)の演奏を使うようお願いしとこう。
それにしてもバロックトランペット駆け出しの頃(2001年)の演奏は久々に聴いてみて、あまりに粗野でびっくりしてしまった。まるで暴○団(いや反社会的組織と言うべきか)みたいで自分の演奏とは思えない。いやぁ、これは人に聴かせられない恥ずかしい過去だな。
マエストロにお願いしていたMAT(モーツァルト・アカデミー・トウキョウ)のライブ録音、このたびいくつかまとめて手に入ることになった。古くは2007年の第九から最近のものでは昨年の中大混声のロ短調ミサまで。
もはや自分の記憶の中で美化されてしまった過去の演奏の実態が暴かれるのは怖い気もするが、聴き直すのは楽しみでもある。
過去のプレイバックを良く聴くか、あるいは全く聴かないかは人によって分かれるけれど、自分の場合、結構聴き直す方なんじゃないかと思う。ライブに付き物のキズなども多分耳が自分に甘くて、補正して聴いてしまうから我慢できちゃうんだろう。本当はそんなことじゃ成長が見込めないんだけれどね。
ライブは一期一会、その時に居合わせた人たちが共有したものが全て。音の缶詰には残せない、過去は振り返らない、という潔さもカッコいいんだけどね。そこまで達観出来なくて、つい取り出して反芻したくなっちゃう。これって単なる回顧趣味なのかな。 あるいはナルシシズムか。
さて、あなたは聴く方?それとも聴かない方?
先日参加したバッハのカンタータの練習。
僕の出番はてっきり5番と66番だけだと思い込んでいた。5番はin Bなのでモダンでさらい、66番はいつもの通りバロックトランペットで準備していた。
ところが事前に届いた練習予定表を見てみると162番というのにもマルがついている。どれどれとスコアを調べてみたら、アリアとコラールにコルノ・ダ・ティラルシとあるではないの。これはポストホルンで吹くしかないかな。慌ててパート譜を作ったのが前日のこと。
で、翌日の練習は162番から。曲が始まってみるとどうもピッチが合わない。なぜだろう、久しぶりのポストホルンだから調子狂ったか、いやいやそれでも先日の140番の時は大丈夫だったしなあ、などとクビをひねっていたら隣のチェロの譜面を見て謎がとけた。僕が作ったパート譜はinCだったけどみんなのはinDで1音高かったのだ!なんでもライプチヒオリジナル稿なんだとか。
仕方がないので(もともと移調読みだけど)1音上げて吹く。
これは実際はA管にして吹いた方がいいね、などと思いつつ。
次の曲は66番。マエストロからはもう少し音量が欲しいとの要請。うーん、スタミナとの兼ね合いがな〜。
最後が5番のアリア。バックのB管を取り出して吹こうとしたらマエストロから一言。
「あ、モダン? モダンなの
・・・・・・・
なんでもありだな」
すみませんねえ、バロックトランペットのB管は持ってないしとも言えず。それにモダンの方が楽だし表現するのもやや自由がきく。
こうなりゃ66番もモダンでいくかな。
最近入手した2つのコルネット(古楽器)ソロのCD。
一つは師匠にこんなの出てるよと教えてもらった、マイケル・コルバーの「Ricercare」。オルガン伴奏のディミニューションも数曲入っているが、大半はタイトルの通りバッサーノやヴィルジリアーノのリチェルカーレ(無伴奏ソロ曲)をこれでもかというくらいにガンガン吹きまくっている。圧巻はビーバーのロザリオのソナタからシャコンヌ。ずっと聴いているとこれはソプラノサックスの演奏なのか?と惑うくらい。いやあ、技術的にはすごいんだけど、正直言ってコルネット吹きの僕ですら数分聴いていると「もういいか」ってお腹いっぱいの感じになってくる。
曲のせいなのか、演奏のせいなのか。確かにリチェルカーレって練習してても今ひとつどこが面白いのかさっぱり、という性格の曲(少なくとも僕にとっては)だし、それを音楽的に聴かせるって至難の技じゃないかとは思う。演奏は先に書いたとおりフィンガリングにしろスタミナにしろ超人的で、真似して吹いてみろといわれてもできないくらい見事なんだけど、それを聴いて楽しいかと訊かれれば「いやそれほどでも」って感じなんだよなあ。たぶん演奏している方は楽しいんじゃないかとは思うんだけれど。
ーームカシ、ジブンモソンナエンソウヲ無理矢理ヒトニキイテモラッタコトガアッタッケーー
もう一つは先日タワレコで入手したブルース・ディッキーの新しいソロCD「La Bella Minuta」。確か去年の10月くらいに、リリースしました、と本人がFacebookに告知していたけれど、やっと日本に入って来たというわけだ。
中身はオルガンとガンバアンサンブルを伴奏としたコルネットでのディミニューション及びアンサンブル曲。91年にリリースされた同じディッキー氏による「なんと官能的なコルネットよ」というソロCDの続編みたいなもの。
これはもう何と言ったらいいか、初期バロックの王道を行く内容で、コルネット吹きにとってみると直球をど真ん中にズバーンと攻められた感じ。
まず全体の響きが魅惑的。録音場所も一役かっているだろう。これはマントヴァの教会で収録されたものだけれど、ヨーロッパの古い教会の音響はそこで音を出してみると病みつきになるくらい何にも代え難いものがある。オルガンはそれこそその音楽があった当時の16世紀のものだし、教会の礼拝堂に広がっていく艶やかなコルネットの音色の素晴らしさ。それに奇をてらわない正攻法の、それでいてセンスのいい演奏スタイルと(音程やダイナミクスなど)完璧にコントロールされた技術。さすがブルース・ディッキー、依然としてこの楽器の第一人者だなあと感じ入ってしまった。思わず、襟を正して聴かなければ、と思ったものだった。
というわけで、久しぶりにマイ・コレクションに加わったコルネットのCDがそれぞれに対照的だったのが面白かった。
ずいぶんご無沙汰してしまった。なんかイベントが多かったので忘れないうちに近況日記など
3/17(土)
大久保にヨハネス・カントーレスのマタイ受難曲を聴きに行く。オケは知り合いばかりだし、曲はいいし、マタイの世界に身を委ねる。2階席からは1st Chor が良く見えて良かったのだけれど、あいにくの雨天のせい(誰か雨男がいたとの説も)か、席が寒くて閉口した。終演後、オケの何人かと挨拶をしたあと、日比谷に移動して友人の結婚披露宴二次会に参加。披露宴ではメンバーが足りないとかでラッパを持たされて急遽飛び入りでペリのファンファーレを吹くはめに。モダンでブイブイ (^_^)/
3/18(日)
午前中、友人の息子さん(トランペット少年)が今度中学生になるのを機に地元のジュニアオケのオーディションを受けるというので新大久保でちょっとしたレッスン。腕はまだまだだけどイメージトレーニングして頑張れー!
午後はスイスから帰国して上京してきたSさんと翌日のオフの打ち合わせも兼ねてしばらく遊ぶ。この数年のSさんの成長はすごい(ってなんか上から目線みたいだけど、そんなことないです)。持参してきたクラシカルのマウスピースもいろいろ特徴があって面白い。
3/19(月)
夜はmixiのナチュラルトランペットの練習オフ会。Sさんの指導のもと、過去最高の13本の穴なしナチュラルトランペットのアンサンブルはなかなかに壮観だった。打ち上げは近くのタイ料理屋で。
3/20(火)
浜離宮朝日ホールに友人K氏のハイドンを聴きに行く。去年の横浜でのムジークフェラインのときも思ったけれど、彼のトランペットの音は暖かくて柔らかいから好きだなあ。どういう風に表現したいかという「うた」もはっきりしていてハイドンの名曲を堪能させてもらった。やっぱり浜離宮はいいホールだね。
3/22(木)
某作家の新刊記念講演会があるというので新宿に。小劇場をステージにした講演会はちょっとしたライブみたいで、スライドや映画付きの講演会は作家友人の飛び入り参加とかもあって仲間内のゆるい感じだったけれど、それがとても心地良くて時々気持ちよくて気を失ってしまった。講演会の後は場所を移して居酒屋貸し切りの打ち上げ。
3/23(金)
調布にバッハコレギウムジャパンのチャリティーコンサートを聴きに行く。
ラッパはチャレンジングに三本とも穴なしナチュラル。Sさん、日本デビューおめでとう!
あと106番はやっぱり名曲だね。そういえばもう10数年前、バレンタインの宮内を偲ぶ会でこの曲を編曲して演奏したんだった。若くして亡くなった友人のことを思い出す。
3/24(土)
松屋銀座に「黒井健 絵本原画の世界」展を観に行く。広い会場にたくさんの絵本原画、それほど混んでなくて3時間くらいかけてゆっくり鑑賞した。売店に「ころわん」のぬいぐるみがあったので一つ買って帰ってラッパケースにつけてみた。このラッパケースも同じタイプの所有者が増えてきたのでいい目印になるかも。
家に帰ってからパーニャカウダとシャンパンでほろ酔い。
3/25(日)
入会している丸の内のフィットネスクラブの会員証で地元のフィットネスも無料で利用できることを最近発見。週末には丸の内店にはないスイミングプールを利用させてもらっている。朝一で1kmほど泳いでサウナに入ってから帰宅。天気のいい午後は本でも読んで過ごすかな。
この数日読んでいるのは辻仁成の「右岸」
この小説に頻繁にでてくる福岡の西高宮小学校というのは実在の学校で、奇しくも僕が新一年生で入学した小学校だったからびっくりした。僕は入学後すぐ転校してしまったので在籍した期間は短かったけど、西鉄大牟田線平尾駅とか板付飛行場を発着する飛行機の轟音とか、なんかいろいろと懐かしい。主人公がずっと博多弁で会話しているのでこのところ脳内博多弁状態。「なんでんかんでん博多弁たい」
偉大なトランペット奏者が亡くなった。
現代のトランペット吹きで彼の影響を受けなかった人は一人としていないのではなかろうか。
僕も中学生の時にその名前を知り、高校の時はバッハの管弦楽組曲第2番(フルートのパートをピッコロトランペットで吹いたもの)のレコードを聴いて驚愕し、自分もこういう風に吹きたいと精進した憧れの奏者だ。
直接お話をする機会はついぞなかったけれど、生の演奏は1度だけ、75年くらいに東京文化会館大ホールで聴くことができた。レコードと違わぬ輝かしい音色と完璧なコントロール。アンコールで演奏されたジェルベーズの舞曲の伸びやかな高音は5階の天井桟敷にいた僕の席まで豊かに鳴り響いた。
バロックの名曲を次々にピッコロトランペット用にアレンジしてレパートリーを開拓し、しかも卓越した技術で完璧に演奏し、トランペットを独奏楽器として世に認知させたパイオニア。残された多くの録音がその偉大な功績をいつまでも後世に伝えて行くことだろう。
冥福を祈ります。
演奏会は大盛会。
ホールはほぼ満席、お客様が楽しんで聴いていらしたのがステージでもわかってうれしかった。
115番は降り番だったから客席で聴かせてもらって、ソリストの素晴らしさを堪能した。
吉田さんとバッハの音楽の「人を動かす力」ってすごいと再認識した。
さて、自分の演奏について一言。
やっぱり完璧には行かないもんだ。
練習した成果が全部出せないで終わるのは悔しいね。
70番は結局安全策をとって1,2曲目を4つ穴にし、9曲目と10曲目を穴なしナチュラルで演奏。なんか中途半端になってしまった。
背水の陣で果敢にナチュラルにチャレンジするか、出来をとって穴ありにするか、覚悟を決めないと、あとで後悔することになる。ということが判っただけでも良しとしようか。
次は66番と5番。
さらわなきゃ。
そういえばまだちゃんと案内してませんでした。
今度の土曜日に開かれるコンサートです。
日時:2月18日(土)午後2時開演
場所:逗子文化プラザなぎさホール
曲目:J.S.バッハ カンタータ第41番、第115番、第70番ほか
演奏:ターフェルムジーク鎌倉
独唱:藤崎美苗(Sop)高橋ちはる(Alt)石川洋人(Ten)薮内俊弥(Bass)
指揮;大竹尚之
トランペットのメンバーは私の他に河原さんと中村肇さん。
41番はラッパ3本、115番と70番は1本 と出番が多いので、115番と70番のコラールは河原さんに吹いてもらうことにしました。
10年越しのこの団体のカンタータ連続演奏会もこれをもって最終回。とはいうものの、アンコール演奏会としてあと2回(7月に147番ほか、11月にロ短調ミサ)が予定されているので、ぜんぜん最終回という気がしません。
41番はラッパも大活躍だけれど、テナーの石川さんのソロにからむオブリガートをバロックチェロの名手である山本徹さんがチェロピッコロで弾くのも聴き所です。
場所は少しばかり都心から離れていますが聴きにおいでいただいて損のない演奏会だと思います。
高校の時のブラスバンドの同期の部長だった I が今度メキシコに転勤になるというので、やはり同期の指揮者 O と三人で新宿で飲む。
たまにではあるがこのメンバーで集まって飲んだり、東海道五十三次を一緒に歩いたりしている(そういえばもう5年前の清水で歩みが止まっているが)。
親の話や家族のこと、健康、仕事、今やってること、これからのこと。なんにしろ話題は尽きないし何でも話せる。しかも継続してコンタクトがあるから同窓会のように昔話だけに終始することもない。
こういう付き合いは大事にしたいね、これからも。
ただ、我々の良くない癖は、だんだん酒が進むにつれ、高校の時の知り合いに電話をかけまくる点だろうな。急に酔っぱらい三人組からかかってくる方こそいい迷惑だろうね。
すみません、毎度のことで。
昨日は午後初台の近江楽堂へ心技体道場(アントネッロ門下生の発表会)を聴きに行った。
夜大船で練習が控えているため中座して最後の方は聴けなかったけれど、いつもの通りみなそれぞれに聴きごたえがあって、いかにも「発表道場」という場にふさわしい熱演ばかりだった。
近江楽堂という場所のせいもあるのかもしれないけれど、やはりうたとそれから器楽のソロ(独奏)が素晴らしい響きがする。
久しぶりに聴く初期バロックや中世の音楽が懐かしく感じられる。
なんというか、しばらく遠ざかっていた故郷に帰って来た感じ。眺めとか、空気とか、人びととか。師匠を始めいろんな人たちと少しずつ会話する。
ここが自分のうちなんだなあ、という感覚。
プログラムを見ると今回で17回目ということになるんだそうだ。
僕は2003年の第1回から「なかなかや」で連続参加していたけれど、道場5回目くらいにグループが解散して以降は間引き状態でポツポツと出る状態だった。最後に出たのはもう3年前かあ。まったく不義理な弟子ですみません。
「次の日にちも決まってるんだから今度は出なさいよ」とまりえさんから言われる始末だった。
実家の敷居が気持ちちょっと低くなったのでまた師匠の下に通って修練に励むかな。
やっとエネルギーが貯まってきたようで、次回の自主公演に向かってスタートしようかという気分になってきた。
今は企画を練っている段階。
大体いつも「これがやりたい!」という意欲があって(それはほとんどが数年越しのものなのだが)、それらをあたためているうちに機が熟して自然と実現に至るという感じだった。今まではこれもやりたい、あれもしたい、ということでプランが途切れなかったし、好きな物からいい形で毎回実現できたおかげもあって、次は下手なものは組めないぞというプレッシャーがあったせいか、今回は熟成にちょっと時間がかかってしまった。
でも何とか形にできそうな感じにまでなってきた。
プランさえ固まればあとは実行するだけだもんね。
だからこそ最初のところでしっかり練り上げないと。
ここが一番ワクワクするところかもしれない(あと最初のリハーサルもかなりワクワクするけどね)。これがあるから辞められないんだな。
あ、内容はまだ秘密です。パズルが完成したら発表しますので請うご期待。
23年前の今日、オペラ座にいた。
自分の想定より短かくして帰国命令が出たロンドン勤務の最後の記念に無理矢理休暇をとって3日ほどパリに行ったのだった。出し物は確かワーグナーのマイスタージンガーだったと記憶している。
しかもその前日まではロンドンにいて、夜にハー・マジェスティ劇場でオペラ座の怪人を観た。これもなかなかチケットがとれなかったのをブローカーに頼んで無理にプラチナチケットを入手したのだった。オペラ座を舞台としたミュージカルを観た翌日に当の劇場に行くなんて出来すぎたプランだった。
無論どちらの舞台も素晴らしかった。ファントムの方はオリジナルキャストだったのでクリスティーヌはサラ・ブライトマン。まだアンドリュー・ロイド・ウェバーと夫婦だった時期。
このファントム・オブ・ジ・オペラ、昨年25周年を記念してロイヤル・アルバート・ホール(プロムスの舞台として有名だね)で記念公演が行われたらしい。かつ最近はそれを録画した映画が上演されてもいた。チャンスを逸して見逃してしまい、残念に思っていたところ、DVD化されていることを発見、さっそく注文して今日届いたものを観ることができた。
うーん、素晴らしい!カーテンコールのあとの最後のサプライズもこたえられない。
おかげで贅沢で素敵な誕生日になった。