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土曜日はターフェルムジーク鎌倉の練習だった。
以前にも書いたかもしれないが、この団体からのお誘いが僕のバッハ/カンタータ演奏の始まりだった。始まりというのはバロックトランペットでの、という意味だけれど。
90年代の後半から古楽を始めたものの、初期バロックが主だったので、意外とバッハにはほとんど縁がなかった。カンタータと言えば95年にモダンの楽器で51番を演奏したことが1回あるきりだった。今思えば冷や汗がでる演奏だった。
それが2000年のターフェルムジーク鎌倉のマタイでお手伝いをしたガンバ奏者のN女史の縁で当時一緒にやっていたアンサンブル「なかなかや」の演奏を聴きに来てくださったターフェル代表の吉田さんから、今度カンタータのシリーズを始めるけれどもいかがか、との打診があったのだった。ちょうどバロックトランペットに興味が湧き始めた頃だったので渡りに船と飛びついたような気がする。
記念すべき第1回は2003年の6月、プログラムは75番と76番を一緒にやってしまおうという大胆な企画。ラッパはどちらも1本だ。僕は確か入手したばかりのキーヴィで演奏した。まだまだハイCがやっとという頃だった。
たまたま時を同じくして西荻の本郷教会でカンタータシリーズを行うということもあって、鎌倉の一週間後に偶然同じ76番を演奏することに。翌2004年からはバッハ・カンタータ・アンサンブルの常トラにもなり、以降この3団体を中心に僕のカンタータの演奏経験が増えて行くこととなった。
ということで、僕のスタート地点はカンタータに関してはこのターフェルムジーク鎌倉ということになる。途中お休みをした回もあったけれど、これまで11回の演奏会で20曲ほど演奏させてもらった。超絶技巧の66番、半端じゃないスタミナを要求される130番、ホルンでデビューした100番などいろいろ修行もさせられた。
今度の演奏会は教会カンタータ連続演奏のシリーズを締めくくる第20回目、僕の出番の曲は41番と70番。41番は1曲目が長大でかつ吹き詰めなのでラッパはスタミナを要求される。70番はトランペットが最期の審判という大役ということもあり1本ながら目立つ役割を与えられている。できればこの曲は可能な限り穴なしのナチュラルトランペットで演奏したいところ。
というわけで、今回も(いつもに増して)後悔のないようしっかり準備して演奏会に臨みたい。とりあえず朝起きたら41番、寝る前に41番。バテずに吹ききれるかどうかのチェックがこのところの日課になっている。
さて、がんばろ
なにをすごいと思うか。
かっては、
・高くて
・大きくて
・正確で速い
演奏を聴くと「すごい」と思っていた。オリンピックみたい。
先日のN響のマーラー8番を観ながら、そういえば自分がシンフォニーオケにいた時はそうだったなあと。
すごさは数値で測れるものではないし、ましてやオリンピックみたいに人に勝つことが目標でもない。
ネットでナチュラルトランペットの演奏に対するコメントを見てると、音程の悪さ(平均律じゃないこと)やミストーンの存在をもって、その演奏がまるで無価値であるとか音楽を台無しにしているとかの批判が散見される。それらのネガティブ要因はもちろん演奏者自体も意図しないものだから修行によって完璧に近づける努力をするわけだけれど、それらを差し引いてもあまるメリット(良さ)の部分にも気がついて欲しいなあと、ネガティブコメントに遭遇するたびに残念に思っている。
例えば最近某所で聴いたバッハのロ短調ミサでは1st TrpがB管のピッコロ、2nd TrpがA管のピッコロ、3rd Trp がD管のピストントランペット、ティンパニはモダンティンパニにフェルトのマレットを使っていた。この組み合わせだとそれぞれの調性が違うからコードを合わせるのはかなり難しい。現にラッパが登場するとオケの中で(いい意味でなく)目立っていたし、音が浮いているように聴こえた。残念ながら作曲者や当時の聴衆が期待していた神の楽器トランペットの「高貴な」響きや和音からは遠いもののように感じられた。
なにも無理矢理ナチュラルトランペットで演奏することが唯一の解決法ではないけれど、モダン楽器ならば安易にピッコロに頼ることなく、3本ともD管で演奏する(それは1st奏者に高音域で高度な演奏を要求することになるが)とか、少なくとも調性を相性のいいものにするなど、他のチャレンジ方法があるのではないだろうか。ヘンデルのメサイアでの楽器選択も同様のことが言える。
奏者自身が「何を求めるか」によってアプローチの仕方が変わってくるんではないかと思うし、その方向が間違ってなければいずれ聴衆の賛同も徐々に得られてくるのではないかと思う。
昨日と今日はセンター試験。
受験生および受験生を持つ親は大変な時期だね。
当然のことながら自分はセンター試験世代ではないし、共通一次世代でもない。
Webに昨日の問題と回答があったので、とりあえず自分でもチャレンジできそうな英語の筆記問題に挑んでみた。
当たり前のことだけれど、自分の受験の頃の傾向と対策とまるで違う。今の英語の問題って奇をてらってなくて生活に密着した設問なのね。実にまともで感心しちゃった(って偉そうだけど)。妙に難しい単語がでてくるわけでもないし、普段から英語に接するように努力をしていけば点数が取れそうな感じ。
余談だけど、設問の中にミックスナッツについての話があったので、問題を解きながらついコーヒーと一緒にピーナッツまで食べちゃった。
肝心の点数は、
まあ秘密にしておきます。
mixiは2005年から、Facebookは2009年から参加している。
同じSNSでもそれぞれの長所、短所があってどちらが絶対ってことはないと思うけれど、自分の場合は主にmixiの方にポストしていてFBにはほとんど積極的に書き込みをしていない。
というのも自分の場合、当初はmixiは国内用の知り合い用(日本語コミュニュケーション)、FBは海外の同好の士との連絡用(基本は英語)として位置づけしてた訳で、だんだんFBにmixiとオーバーラップする人や仕事関係の知り合いとかが増えて来ると、どこを向いてコミュニケートしたらいいのか、さっぱり見当がつかなくなってきたからというのが主因だ。FBの自分のwallに日本語で書き込むこともためらわれるということもある。
ところが、最近の傾向としてはmixiだけだった人たちも徐々にFB比率が高くなって、どちらかと言えばFBに軸足を移行する人が増えて来たように思える。
使い勝手の問題だからどちらかに決めなきゃいけないというものではないが、日記的機能はmixiの方が優れていると思われ、自分の場合は多分これからももっぱらmixiに書き込みをすることになるだろう。
ツイッターは、・・・・まあ、いいやね。自分には。時間の無駄を増やすだけという予感もあるし。
それとも自分が新しいツールに対応できなくなってきているのは老化の表れ?
2月のターフェルムジーク鎌倉用のパート譜製本完了!
青本をコピーして切り貼りした結果、第41番の1曲目は元々あった10ページの譜面を画期的な4ページにまで短縮!なんと見開きで2枚。縮小とかの安直な技を一切使ってないところが我ながら自慢かな。
しかも元譜だと延々と曲が続いて終わりが見えなかったところが改善されて、今どのあたりにいるのかも把握しやすい→スタミナ配分がしやすいという副次効果も。
それ以外にも第70番、第30a番も譜めくりが楽になった。
早く練習で使いたい気分。
さて、今年は例年に比べると演奏回数は少なくなりそうな予感。
2月18日(土)午後2時
バッハ教会カンタータ連続演奏会 最終回
会場:逗子文化プラザホールなぎさホール
演奏;ターフェルムジーク鎌倉
指揮:大竹尚之
曲目:J.S.Bach カンタータ第41番、第70番ほか
2月25日(土)
詳細未定
会場:横浜 能見台の教会にて
曲目:J.S.Bach カンタータ第140番
5月13日(日)午後5時
バッハ・カンタータ・アンサンブル第33回演奏会
会場;神田キリスト教会
演奏:バッハ・カンタータ・アンサンブル
指揮:花井哲郎
曲目:J.S.Bach カンタータ第66番ほか
7月14日(土)午後7時
ターフェルムジーク鎌倉アンコール演奏会
会場:逗子文化プラザなぎさホール
指揮;大竹尚之
曲目:J.S.Bach カンタータ第147番ほか
10月14日(日)
バッハ・カンタータ・アンサンブル第34回演奏会
会場:神田キリスト教会
指揮:花井哲郎
曲目:J.S.Bach カンタータ第103番ほか
11月24日(土)午後7時
ターフェルムジーク鎌倉アンコール演奏会
会場:逗子文化プラザなぎさホール
指揮;大竹尚之
曲目:J.S.Bach ロ短調ミサ曲
12月9日(日)午後2時
詳細不明
会場;熊谷さくらめいと月のホール
曲目:ヘンデル メサイア
今のところ7つ。バッハばかりなのは例年通り。
さて、今年も最終日になってしまった。今年のまとめ。
一言でまとめるとやはり震災のせいか、余裕のない一年だったような気がする。
それに加えて父が亡くなったのも精神的な慌ただしさに輪をかけたかもしれない。
今年こそリーマンショックの後遺症も癒えて日本の投資環境(株式市場)は好転するんじゃないかと期待していたのに、3月の震災の影響は一時的な落ち込みを余儀なくされたものの、その後もパッとせず、欧州問題などの海外要因に足をひっぱられ全くいいところのない相場だった。良かれと思って投資をしてもその結果がさっぱり出ない。一体自分たちの仕事は世のためになっているのか、業界でリストラの話ばかりきかされつつ、暗い気持ちのまま結局株価平均は安値更新。来年はさすがにここより悪くなりようがない水準まできているんじゃないかとは思うのだけれど。
そうした中、夏からは部内の担当替えで自分も久しぶりに日本株のトレードに携われたのは、最近のトレード手法に馴染むという意味でも、気持ちの切り替えという意味でもいい刺激となった。アルゴリズム取引など全く近年のコンピューター技術は革新的に進化してる。そうそう、仕事関係では12月に早稲田の講師の仕事を同業他社の人にバトンタッチ。なんとか役目が果たせて良かった。
3月に父が急に倒れたのも想定外だった。何度か福岡に帰る。結局容態は回復せず5月に亡くなってしまった。人生と死について考える。結論が出せているわけではないが。
演奏活動は今年は都合18の演奏会に出演させてもらった。内訳は自分主催の室内楽が1回、MATで2回、OPTが1回、ターフェルムジーク鎌倉が2回、SDGが6回、バッハカンタータアンサンブルが2回、その他のお手伝いが4回(カンタータ・ムジカ・トウキョウ、弥生室内管、青山学院オラトリオ、つくば古典音楽合唱団)。作曲者別だと、うち15回は バッハがメインのもの、あとはモーツァルトが2回、ベートーヴェンが1回(テレマンとシュッツもあったけど)。なんという偏り方だろうね。
自主公演に関しては3回目の今年はこれ以上ないくらい充実したものとなって自分としてもかなり満足した。逆に反動で燃え尽き感も。来年は「これしかない」はお休み、ちょっと充電してからまたチャレンジしたい。
今年はロ短調ミサを3回も吹くことができて幸せだった。来年もターフェルで演奏できるし、今から楽しみ。
以下今年のマイ・ベスト
聴いたコンサート
・BCJのクリスマスオラトリオ(12/4 東京オペラシティ)
出たコンサート
・「これしかないvol.3」
・中大混声「ロ短調ミサ曲」
CD
・Virtuose Trompetenmusik / Robert Vanryne(希少価値で)
本
・八日目の蝉(角田光代)
映画
・一連の小津映画
・「英国王のスピーチ」
行ったところ
・津和野
食べたもの
・ちゃんこ「一の谷」
買ったもの
・自転車(ミニベロ、ロゴはmini)
ま、こんなとこだろうか
ひょんなことからバッハのクリスマスオラトリオ全曲(!)をみんなで歌う(?)というイベントに参加、トランペットのみならずポストホルンやリコーダーで演奏してきた(12/29 三鷹福音教会)
オケは会場の関係で思いっきりのエコ編成で、キーボード2台とヴァイオリン1本と私の4名きり。昨年はキーボードだけだったというから今回器楽が増えたのは画期的という説もあったけど。
とりあえずMusica Poeticaからヴァイオリン1、2とオーボエ、フルートの譜面を借りてきてスコアを参照しながら演奏できそうな物を振り分ける。
で、結局自分が吹いたのは全64曲のうち
トランペットで 1, 8, 9, 24, 54, 64(これは通常通り)
コルネットで 7(結局これ1曲だけだった)
ポストホルンで 36, 39, 40, 41, 42 (41はむずかった)
リコーダーで 10, 15, 19, 23(15は結構さらった成果があった)
全部で16曲。こんなに吹いたのは初めて。
(8のバスのアリアなどは全員が一緒に歌うのに面くらってしまったけど)
しかもコラールや合唱曲などではさしでがましく慣れない指揮までしてしまったのでほとんど全参加と言った感じだった。
それでもちゃんと最後まで通ってしまったのはすばらしい!
これも歌の方々と他の器楽のメンバーのおかげだね。
最後にロ短調ミサからDona nobis pacem を演奏して締めくくり。
いやあ、くたびれる暇もないほど楽しかった。
これで今年の僕の演奏活動はおしまい。
ロ短調3回演奏した年の締めくくりがDona nobis pacem だったというのが素晴らしいね。
今年の〆はクリスマスコンサート、シュッツとバッハです。
【本郷教会クリスマスコンサート2011】
日時:12月23日(祝)午後5時開演
場所:本郷教会礼拝堂(上荻・JR西荻窪より徒歩7分)
曲目:H. シュッツ<クリスマスの物語>SWV435
J.S. バッハ カンタータ第63番 ほか
演奏:ハインリッヒ・シュッツ合唱団東京
ユビキタス・バッハ ほか
指揮:淡野太郎
ここのクリスマスコンサートはいつも盛りだくさん。出番も一杯です。
シュッツのクリスマス・ストーリーではコルネットとリコーダーとバロックトランペットを、バッハのカンタータではナチュラルトランペットを演奏します。
なお、バッハのカンタータのラッパ隊はいつものメンバー(なんと4本!)ですが、パート割りは世代交代して若手が上を担当することになりました。乞うご期待。
「小沢征爾さんと、音楽について話をする」小沢征爾X村上春樹(新潮社)読了
まず村上春樹の(クラシック)音楽に対する造詣の深さに驚く。単に知識があるというだけではなく音楽をその優れた感性で本質から捉えようとするその姿勢が極めて上質の音楽ファンという印象を与える。氏は楽器も演奏しないし譜面も読めないと書いているけどそういうことは一切関係ないんだね。
小沢征爾のキャリアについても「やっぱりすごいんだね、この人」と思ってしまった。特にファンというわけではなかったからちょっと新鮮。
対話の中で一番面白かったのは、本章の合間にインターリュードとして差し挟まれている「文章と音楽との関係」(P129から)のところ。ちょっと長くなるが引用すると、
村上「小説を書いていると、だんだん自然に耳がよくなってくるんじゃないかな。逆の言い方をすると、音楽的な耳を持ってないと、文章ってうまく書けないんです。だから、音楽を聴くことで文章がよくなり、文章をよくしていくことで、音楽がうまく聴けるようになってくるということはあると思うんです。両方向から相互的に。」(中略)
村上「それで、いちばん何が大事かっていうと、リズムですよね。文章にリズムがないと、そんなもの誰も読まないんです。前に前にと読み手を送っていく内在的な律動感というか……。」
なるほど。そういう風には捉えてなかったけれど、すとんと腑に落ちる。言葉にリズムの良し悪しがあるのは理解していたけど文章そのものもね。読みやすい文章となかなか読み進みづらい文章があるのはそのせいか。
例えば自分で書いた文章でもそうだ。書きたいことを一気に書いた文章は荒削りだけれどなんか勢いがある。後で読み返して推敲すると、確かにあらは無くなるけど説明書きが長くなったりして却ってアクセントも一緒になくなったりする。センテンスを入れ替えたりの構成とかも同様。
最近(関心はあるのに)どう頑張っても読了できない本があって、それは翻訳のせいだろうと思っていたんだけれど、ひょっとするとリズムも良くなかったのかもしれない。
モーツァルトのレクイエム。
CDなどを聴いているときは何とも思わず通り過ぎてしまうんだけれど、ステージで演奏している時はいつも必ず感動してしまう場所がある。それは、
最後も最後、コムニオの最後から3小節前全員がフェルマータで2拍音を伸ばしたあとの3拍目、休符にフェルマータがついている、この一瞬の無音の部分。
ああ、なんて名曲なんだろう、と心震えると同時に、もうあっという間に終わりまで来てしまったんだ、と無性に惜しい気持ちになってしまう。(もちろんその前のコードが決まることが前提)
2番目に好きなところは、ラクリモサの終盤、これも最後から3小節前。ラッパは五度で4つの音を吹くのだけれど、いつも(楽譜には書いてないが)この4つの音をクレッシェンドして最後の伸ばしの音に入る。このクレッシェンドが好き。
3番目はレコルダーレ。前奏のバセットホルンによるフレーズが終わった後にバイオリンI, IIの下降音形の掛け合いに下からヴィオラが上昇音形で絡むところ。このヴィオラが渋くていい。
他にも好きなところはいっぱいあるけれど、とりあえず自分の好みベスト3は以上かな。多分一般的な人の好みとはだいぶずれているだろうけれど。
今週末の演奏会です。モーツァルトのレクイエムを演奏します。
【つくば古典音楽合唱団 第25回定期演奏会】
日時:2011年11月19日(土)午後5時開演
場所:つくばノバホール
曲目:W.A.モーツァルト ミサ・プレヴィス「雀のミサ」KV220
W.A.モーツァルト レクイエムKV626
指揮:鈴木 優
ソロ:永崎京子(Sop)米谷朋子(Alto)坂本貴輝(Ten)米谷毅彦(Bar)
器楽:つくば古典音楽合奏団
この数年、MATではモーツァルトの命日にちなみ12月の初旬にモーツァルトのレクイエムをさまざまなバージョンで演奏してきたが今年は諸事情によりお休み。その代わりと言ってはなんだが、つくばの合唱団から伴奏のお声がかかった。ただしMATのメンバーは管楽器のみ。弦はいつもこの合唱団と一緒に演奏している人たちらしい。
今回の演奏会では最も一般的なジュズマイヤー版によるレクイエムに先立ち、あまり演奏される機会の多くないモーツァルトの初期の作品、「雀のミサ」KV220が演奏される。20分程度のこじんまりとしたミサ曲だ。この名前は後半のSanctusに出てくる雀のさえずりのようなフレーズに由来しているようだ。その部分にくるとミサ曲であることも忘れてなんだか楽しくなってしまう。
お気に入りのラケのクラシカルトランペットと少し大きめサイズのマウスピース(BL2)で演奏する予定。この組み合わせは最強だと思っている(あくまでもハマればの話だが)。
まずは本から
・クリストフ・ヴォルフ/礒山雅訳「バッハ ロ短調ミサ曲」(春秋社)
・内田樹「うほほいシネクラブー街場の映画論」(文春新書)
・ちきりん「自分の頭で考えよう」(ダイヤモンド社)
ヴォルフの本は最近のバッハ研究も踏まえた学術書。大好きな曲だけど本の方は正直なところなかなか読み進めないでいる。ちょっと期待値と違ったか。しばらく積ん読になってしまうかも。
あとの2冊は人気ブロガーの最新本。さっと読めちゃう。ウチダ本は勢い自分が見たことのある映画についての部分を飛ばし読みみたいになっちゃったけど、同じウチダ本で以前読んだ「映画の構造分析」のときと同様、論評に触発されてその映画を観たくなる。
てなわけでこの数日はウチダ本に刺激されて晩年の小津安二郎の映画ばかりを観ている。(括弧内は公開年)
・お茶漬けの味(1952)
・東京物語(1953)
・早春(1956)
・東京暮色(1957)
・彼岸花(1958)
・お早よう(1959)
・秋日和(1960)
・秋刀魚の味(1962)
これだけまとめて観ると段々どれがどれだか混乱してきた。というのも笠智衆・原節子を筆頭に出演者は被っているし(しかも名前も同じだったりする)、扱っている主題も娘の縁談や親子関係の機微など似通っている。中では東京暮色が異様に暗かったので印象的だった。まあともかく小津ワールドにどっぷりとハマっている次第。
自分が生まれた前後の日本はこんなだったんだという発見と、そうそう、そうだったという記憶の追想。大人の男性の家庭内外での横柄な態度(現代の基準からすると)にもちょっとびっくり。
音楽はほとんど斉藤高順(「お早よう」のみ黛敏郎)だったのも今回初めて知った。斉藤高順といえば僕と同年代の吹奏楽上がりの人には「輝く銀嶺」(1971年の吹奏楽コンクール課題曲)の作曲者と言えば通じるかも知れない。
ドイツのトランペットメーカー、ミュンクヴィッツさんから案内が来た。
来年のナチュラルトランペット制作ワークショップは5月21日(月)から5月25日(金)の予定だそうだ。場所は北ドイツのロストック。1枚の金属板からなんと一週間でナチュラルトランペット(モデルは1632年のハインライン)を制作するというコース。指導はカナダのロバート・バークレイさんでアシスタントとしてナチュラルホルンメーカーでもあるリチャード・セラフィノフさんとミヒャエル・ミュンクヴィッツさん。指導陣が豪華だ。
ミュンクヴィッツさんのHPにも案内が載っている。
今度こそ行こうかな、行けるかなあ。
ラ・フォンテヴェルデの第14回公演を聴きに行く(10/15 ハクジュホール)。
出し物は演奏会形式によるイタリア初期バロックのオペラ「オロンテーア」。作曲はアントーニオ・チェスティ。
モンテヴェルディでもなくカヴァッリでもなく、一般に知られていないチェスティを演目に持ってきたところ、オケに2丁のヴァイオリンだけでなく2つのコルネットも加えたところなど、滅多に聴けない(カヴァッリだって滅多に聴けないが)企画である。興行としてはある種冒険でもある。
僕はこの日は夜に演奏会が控えていて、そのリハーサルの時間も考えると聴くのは無理かなと諦めていたけれど、そういえばどちらも渋谷近辺で場所は近いしスケジュールを確認したら前半1時間くらいは聴けそうだということが判り、急遽当日券で行くことにした。
で、行ったのは本当に正解だった。
聴けたのはプロローグと1幕まで。残念ながら2幕以降に登場する弥勒さんの歌が聴けなかったけれど、それ以外のフォンテヴェルデの方々の歌とオケの演奏を堪能した。
歌はアリアソロが多くて贅沢。それぞれのキャラクターにあった表現で上手い配役。美登里さんと星川さんが火花を散らすところも面白かったし、浦野さんの語りも微笑ましくて秀逸。一番楽しめたのはやはり酔っぱらいを演じた小笠原さん。
谷口さん扮する若い画家はなんだか戦場カメラマンみたいで、なんでみんなが一目惚れするのか理解に苦しむところもあったけど、テノールってそういう役なのね、きっと。
個人的に楽しみにしてたコルネットの上野さんと笠原さんはホント上手いねえ。ふんだんな装飾もうっとりするし、ストレスを感じさせないその軽やかな歌い回しがさすがチュベリ直伝。音程もぴったりなところが驚異的。どうやってああいう風に吹けるようになるんだろうか。
バロック・ギターを抱えながらチェンバロを弾いていた上尾さんはその2つの楽器の持ち替えを効果的に利用していた。バロックにはやっぱりギターが合うね。リズムを引き締めてパーカッションがいない代わりを充分に果たしていた。
うーむ、かえすがえすも最後まで聴けなかったのが残念だ。
木曜日は新大久保でナチュラルトランペットのアンサンブル会。
最初に簡単なウォーミングアップをしたのちファンファーレ中心にアンサンブル曲を合わせるというプログラム。
今回は比較的少人数(全部で5人)ということもあり、デュエットから五重奏までの曲をパートのローテーションも替えながら吹いて楽しんだ。
同じ曲でもパートを交換することによって見える風景が全く違うのが同族アンサンブルの面白いところ。
遊んだ曲は
Romanus Weichlein: 24 Duets from Encaenia Musices(1695) より
Johann Dismas Zelenka: Six Fanfares
Charamela Real: Sonatas for 6 Trumpets & Kettledrums より
Cesare Bendinelli: Sonata No.336
今注文しているアンサンブル譜(主にインマーさんが編集したもの)が届いたらまた練習会を企画して音に出してみたいと思う。
先日のロ短調ミサ演奏会の打ち上げの席でマエストロに次のように言われた。
「ピリオドのオケと一緒にやるのは今度がまだ2回目だし、またいっぱい勉強になった。それで結局思ったのは俺がいろいろ言うよりも皆さんに任せた方が結果いいんじゃないかと。ほんとに毎晩リハが終わってから考え込んだ4日間だった」
うーむ、どのように解釈したものか。
普段主に古楽を演奏している人たちへの遠慮なのかもしれない。
が、僕らラッパに関してはつまるところ僕らが指揮者の期待に応えることができなかったということなんだよね。
振り返ってみると、自分の場合、別にモダンの指揮者に限らず、マエストロから「こうやって欲しい」と注文がついた時にその効果をうまく出せたためしが少ない。意図が汲み取れていないというよりは不自然な吹き方になってしまってその効果を出す以前に自滅してしまっている場合が多いような気がする。
ことにロ短調ミサのように難易度が高い曲になると、自分が演奏に乗れるかどうかが一番の勝負どころで、さらに余計な(失礼)味付けをする余裕が持ててないのだ。本来ならば曲を自家薬籠中にしておき、「さあ、いかようにでもさばいてください」とシェフの前でまな板に乗ってなきゃいけないのに。
比べるのもおこがましいが、世界のベルリンフィルはきっとそういう境地なんだろうな。だから指揮者のどんな要求にも応えることができるし、凡庸な指揮者にとっては恐怖の指揮台になるのだろう。
音が出せる→曲が吹ける→自在に吹ける
まだ2番目のステージにすら立てていない。
ラーニングカーブがなだらかになる分、ここから先の世界ははるかに遠い道のりのように見える。
そしてこの週末もバッハの演奏会です。
日時:2011年10月2日(日) 午後5時開演
場所:日本聖公会 神田キリスト教会
曲目:J.S.Bach カンタータ第137番、第148番、第138番、第41番
指揮:花井 哲郎
独唱: 山本 早苗(Sop)、上杉 清仁(Alto)、大貫 浩史(Ten)、春日 保人(Bs)
オケ・合唱:バッハ・カンタータ・アンサンブル
曲がたくさんで大変!しかもハード!果たして41番はあのゆっくりのテンポで最後まで保つのか、そこが聴きどころかな(嘘
そうそう、第41番のチェロ・ピッコロのオブリガートは団員所有のヴィオロンチェロ・ダ・スパッラで演奏するようです。