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2005年1月

2005/01/31

小国コルネットセミナー

今年も3月の18日から21日まで熊本県は小国町でコルネットセミナーが開かれます。毎年この時期に開催して今年で7回目になります。今回の講師陣は贅沢にもアントネッロの方々全員(濱田さん、西山さん、石川さんと七条さん)で、コルネットセミナーと銘打ってはいるものの、チェンバロ、ガンバに歌のレッスンも受けられると言う総合的なセミナーになりそうです。

小国のセミナーが良いのは、会場や食事がいいこともあるけれど、合宿形式で講師の先生方と寝泊まりを一緒にしながらみっちりと音楽に打ち込めるところ、1年ぶりに再会する人たち(中には頻繁に会っている人もいるけど)と切磋琢磨できること、それから僕にとっては九州の人たちの元気とエネルギーがもらえるところでしょうか。何しろ会場の木魂館というところ、山のど真ん中で周りはなにもなし。できることと言えば練習か温泉に入るかくらいです。

阿蘇の麓、雄大な自然の中で音楽の修行をするのは自分にとって恒例の行事のようになってきました。そろそろセミナーに向けての個人練習もしなくては。 店長

(なお、セミナーの詳細についてお知りになりたい方はアントネッロ公式サイトのEVENTのページをご覧ください)

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2005/01/27

サロンコンサートのお知らせ

コンサートインフォメーションのところに載せましたが、3月6日、日曜日の午後にコンサートを開くことが決まりました。場所は大江戸線清澄白河駅からほど近くのギャラリーです。まだプログラムの詳細は決まっていませんが、前半を矢野のチェンバロソロ、後半になかなかやのアンサンブルをお送りする予定です。2時と6時の午後2回公演、ドリンク付きでお客様がくつろいだひとときを過ごせるよう趣向を練っていますのでみなさま是非お越し下さい。       

なかなかやを代表して 店長

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2005/01/23

これからはバロックトランペットの時代?

どうしても話題が自分の楽器に偏ってしまうんですが、今回はバロックトランペットのことです。
バロックトランペットとはその名の通りバロック時代に使われていたトランペットということなのですが、正確に言うと当時使われていたものと今使われているものとは微妙に異なっています。というのは、昔の楽器はそれこそ何の細工もない真鍮の管で本来の自然倍音しか出せなかったのですが、今世の中に出回っている楽器はたいてい音程調節のためにそれに3つなり4つの穴(補正孔)を開けたものなのです。そうしないと平均律に慣れた現代人の耳にはひどく調子っぱずれに聴こえてしまう。補正孔は20世紀後半の発明で、もうバロック時代ではありません。そういった訳で厳密にはヘンデル、バッハ時代の楽器はナチュラルトランペット(自然の、あるいは自然倍音の出るトランペット)と呼び、現代の補正孔のついたレプリカをバロックトランペット(バロック時代に使われた形式のトランペット)と呼ぶことになっているようです。(これはエドワード・タール氏が提唱している名称区分方法です)

そうした妥協の上に現代に蘇ったバロックトランペットですが、僕は密かにこれからかなり普及するんではないかと思っています。それはバロック音楽にとどまらず、むしろナチュラルが使われていた古典派(モーツアルトやベートーヴェン)の演奏においてです。なにより捨てがたいのはその音色。管の長さが現代の楽器の倍近く長いことで倍音が豊かですし、オーケストラの中にあって弦楽器の音と融和し、決して出しゃばらない、けれでも聴こえている、という技が可能です。また補正孔のおかげで現代人が聴いてもおかしくない音程が出せるようになっています(そうじゃないとファとかラの音は聴けたものじゃないですから)ベートーヴェンの第九の4楽章の有名なテーマ、ミミファソソファミレ がちゃんと吹けます(もちろん現代の楽器で苦もなく吹ける っていうじゃな〜い、でも細かいこと言うとB管やC管のモダントランペットで吹く第九はニ短調ではないですから〜、残念!) 

さて、そんな訳でもうその兆候は世間に出始めています。ベルリンフィル指揮者のラトルやシュツットガルト響のノリントンがピリオド奏法を取り入れて成功していますが、サウンドを追求すればその流れが使用する楽器にまで及んでくるのは必然でしょう。そしてその効果が一番大きいのはトランペットとティンパニだと(私見ですが)思うんですよね。

日本のオケでもプロの山形交響楽団が取り入れているという話を聞いていますし、モダンオケで試しに使ってみて気に入ったという指揮者の方もいらっしゃいます。東京のアマチュアオケで昨年、第九やハイドンのシンフォニーにバロックトランペットを使いましたという話も増えてきました。あるいは今度演奏会で使ってみたいんだけどどんなものでしょうか、という問い合わせもちらほらあります。てなわけでこれから出番が増えてくるのではないでしょうかね。ちょっと我田引水かな? 

 

Trumpet

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2005/01/21

2月26日はリサイタルです

コンサート情報にもあるように2月26日は星野麗ヴァイオリンリサイタルです(近江楽堂)。通奏低音で矢野、なかやまが友情出演します。いわば店長抜きのなかなかやという次第。昨日はその練習でした。模様は、、、報告が入ったらアップしますね。ともあれ、星野の初リサイタル、気合いいれて準備してますので、みなさんぜひコンサートにお越し下さいね。     店長

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2005/01/20

昔のヨーロッパ人は小さかった?

楽屋でウィリアムと楽器談義をしていた時の話です。歴史的コルネットのピッチ(音高)の話になりました。今でこそ通常のピアノやオーケストラはA(ラの音)が約440Hzということになっていますが、昔は時代や場所によってピッチはまちまちだったんです。バロックの時代に一般的だったのはA=415Hz、つまり現代よりも約半音低いのが多いのですが、フランスのようにそれよりさらに半音低い例もありますし、コルネットが活躍した17世紀のイタリアではA=466Hz、現代より半音高いピッチで演奏されていたようです。これらはどうして分かるかと言うとその当時制作されたオルガンや管楽器が教えてくれる訳です。特にオルガンはめったに移動しませんから歴史的楽器はその地域、時代の生きた証人となるのです。

そういう風に昔の楽器(多くは博物館に保存されている)を調べてみると、コルネットはほとんどが現代より半音高いピッチで、全音高いものも散見されるのですが、現代ピッチのものはほとんど見当たらないそうです。で、ここからがウィリアムの見解なんですが、コルネットはあまり大きくて長い楽器(ピッチが低くなると楽器の長さはそれに比例して長くなります)だと指が届かなくて演奏がより困難になってしまう。だから高いピッチの楽器が好まれて製作されたんだと。そもそも昔のヨーロッパ人は今みたいに背が高くなかったしね、僕(170cm)くらい身長があったら当時としては大男だったはずだよ、とウィリアムは言うのです。

そんなに体格が変わるものかなと最初は思ったのですが、確かに戦後の日本人の体格の改善ぶりを見るとそれも事実なのかもしれないと思われてきました。 店長

with_william

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2005/01/19

ああ勘違い

レコーディングの裏話ですが、今思い出しても顔から火が出そうな恥ずかしい勘違いをしました。

曲はソナタ サンタマリア。しばらく出番のない僕はホールの2階で演奏を聴きながら写真をとったりしてました。この曲、左右に対置したヴァイオリンとコルネットが掛け合いをするという曲で、指揮者の濱田さんはコルネットを演奏しているから指揮者なしで録音は進んでいたんです。ところが、やはり立ち位置が離れている関係上なかなか揃いにくい。聴いていると「ここに指揮者がいれば簡単なんだがなあ」と思われてしかたがありません。

off_stage

そうこうするうちにステージから濱田さんが僕のことを呼んでいます。「あ、やっぱり棒が欲しかったのかな」と思った僕は2階から駆け下りてステージに着くなり、話も聞かず指揮者台に立ってお辞儀をひとつ、「みなさん、お待たせしました」と指揮スタンバイしたんですね。でも、なんか様子がおかしい。遠くにいたから聞こえてなかったけど、濱田さんとしては僕に代吹きをさせてアンサンブルの揃い具合をみたかったので呼んだらしいんですね。そうとも知らず、勝手に勘違いをして指揮台で棒を振ろうとした僕。笑いものになったのはもちろんですが、きまりが悪いと言うか、みっともないというか。

そういう訳だったんです。関係者の方、ごめんなさいでした。 店長


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2005/01/16

プロ意識

前回の発言と矛盾するように思われるかもしれませんが、誤解のないように言っておくと、音楽をしているときはアマチュアという意識はまったくありません。単にそれを生活の糧にしているのではないというだけで、(なかなかやの他のメンバーも含めて)いわゆるプロの人と対等な立場で音楽にむかっているつもりです。また嬉しいことに一緒に音楽をしているほとんどの人は、僕のことを同じく音楽をやっている仲間として受け入れてくれます。そんなところに垣根はないしね。

でも、それだけに甘えられないな、と常に思います。

ヴェスプロの録音もちょうど半分を終えたところ。録音会の様子はそれこそヴォーチェの舞台裏になるのでここで暴露することはできませんが、ともかく順調にプロジェクトは進行中のようです。僕としてはフランスから招聘したウィリアム ドンゴワと一緒に吹けるのがとても楽しく、また勉強にもなっています。ウィリアムもまた僕を一人の音楽家として接してくれる、それが最高にうれしいです。     店長

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2005/01/15

仕事と音楽と

プロフィールでお分かりの通り、僕は普段は仕事しつつ(金融関係です)、時間を見つけては音楽をするといった生活をしています。長いこと両方やっていると、だんだんと両者のバランスがとれ、自分の中でうまく住み分けができるみたいです。不思議とそれぞれのことをやっている間にはもう一つのことを考えてはいないんだけど、切り替えはあっという間にできるんですね。拘束されるのは仕事の方が長いけど、短いながらも一生懸命にやっていて密度が濃いのは音楽の方でしょうか。あ、決して仕事が手抜きだとかいう訳ではありませんです、はい。ただ熱中するほどのめり込めないというだけのことで。

人からはよく「良い趣味をお持ちでうらやましいですね」とほんとによく言われますし、自分ではこういう2足のわらじ状態(仕事は仕事、趣味は趣味、でも一生懸命やる)がベストだなと長らく思っていました。でも、最近は少し見方が変わりつつあります。好きなことを仕事にする、やっぱりこれが人生最高の生き方ではないかなと。なんかありふれた結論ですけど。今まではあんまりいい例を見てこなかったから、イメージがわかなかったんでしょうね。たとえば音楽を仕事にするにはもちろん才能も必要だし、不断の努力も求められます。でも好きなことだから努力も続けられるというものです。自分の場合はもうその可能性は薄いけど、誰でも実現できれば(好きなこと=仕事)それに越したことはないでしょうね。あるいは仕事を趣味同様に好きなことにするとか?いや、それは無理でしょうね。  店長

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2005/01/14

ヴェスプロの思い出

僕が初めてモンテヴェルディの「聖母マリアの夕べの祈り(ヴェスプロ)」という曲の存在を知ったのは今をさかのぼる20数年前、まだ大学2年生のときです。友達から何かお勧めのレコードないの?と聞かれて、まだ聴いたこともないくせにレコード芸術の推薦盤だったこの曲を教えてあげたんです(いいかげんだねー)。その友達が買ったレコードからカセットにダビングして聴いたのが僕のヴェスプロ初体験。演奏はユルゲン ユルゲンス指揮ハンブルグ モンテヴェルディコアーによるものでした。まだ当時古楽器による演奏など聴いたこともなかった僕にはそれは不思議な音楽、耳慣れない音でしたが、それでもなぜか心にひっかかってたまにカセットをひっぱりだして聴いていました。コルネットの音を聴いたのも多分このときが初めてだったと思います。

それからかなりの時が経ち、古い音楽をたくさん聴くようになってからは、自分の一番好きな曲になっていきました。初期バロックの金字塔とでもいうべき曲なので、出回っているCDの数も多く、僕のCDコレクションも20枚くらいになったでしょうか。

演奏会で生で初めて聴いたのは1995年9月のバッハコレギウムジャパン(BCJ)の府中での演奏、自分が演奏に参加したのは1997年のヴォーチェのとき(コルネット初デビュー)でした。しかし、めったに演奏される曲でもないので、それ以来ライヴで体験したのは聴いたのが2回に過ぎず、なぜか演奏した回数の方が4回と多いような状況です。でもコルネット奏者としては不思議ではないのかもしれない。というのは、前にコルネット奏者のブルース ディッキーが語っていたんですが、(誇張もあるとは思うんですが)コルネット吹きとしての仕事の9割はヴェスプロで、そういう意味からすると自分はヴェスプロ演奏のスペシャリストと言っても過言ではないという発言をしていたからです。確かにコルネット吹きにとってはヴェスプロは特別な曲です。CDもコルネットがどういう風に演奏しているか、から先に聴いちゃうし。

この週末はそのヴェスプロのレコーディングです。楽しみだなー      店長

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2005/01/12

なかなかやの抱える問題

なかなかやの抱える問題。そう、それはグループ名です。いつまでもこんな居酒屋みたいな名前でいいのか、とか、メンバーが増えたのに名前を変えなくていいの、とか、ときどき人から言われることがあります。でも、だてに店長を張っている訳ではありませんよ、解決策はちゃんと用意してあるんです。今までの路線の延長線上で考えると、「ほしなかなかや」とか「なかほしなかや」とか?あるいは「やの」も「ほしの」も「の」にしてしまって「なかのなかの」とか?でも中央線ではあるまいし、そんなカッコ悪いネーミングはしません(キッパリ)。店長の代案は「スターなかなかや」。どうです!居酒屋路線からも脱却できるし、みんなの名前も入っている。でも今のところメンバーからの受けはいまひとつ微妙、冷ややかな反応を得ただけでした。なによりグループの結束を重んじる店長としてはそれ以来このネーミングはとりあえず封印してあります。よって未だにこの問題は解決をみていない課題となっているのでした。どなたかいい代案あったら私まで教えてください。 店長

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2005/01/11

閑話休題

事始めばかり続いてしまいました。さて、メンバーが全員出揃ったところで、今後はメンバーには「さん」づけはやめて呼び捨てということにしますのでご了解くださいね。やっぱ身内を「さん」で呼ぶのは対外的にもよろしくないでしょうし。  店長

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2005/01/10

なかなかや事始め(その3)

第2回のコンサートはいわば拡大なかなかやというかたちでしたが、その年の7月からはまた基本に立ち戻り、当初の3人に加え、イタリア留学から帰国したヴァイオリンの星野さんが参加して、4人でコンサートにむけて準備しました。翌2004年1月23日に近江楽堂で第3回コンサートを開きます。またそれに先立つ一週間前にはほぼ同じプログラムのチャペルコンサートを立教小学校の礼拝堂で催しました。3月になかなかやとしては2回目となる小国コルネットセミナーへの参加(熊本のみなさん、いつもお世話になってます)。5月には星野さんの地元浜松楽器博物館で開いたコンサートも好評でした(メンバーにはうな重が好評でした)。11月にはメンバー全員がアントネッロに参加してヴォーチェの第20回公演ヴェスプロのお手伝い。12月再度立教小学校でクリスマス特集のチャペルコンサート。それ以外にもアントネッロ門下生の発表会での演奏(2月と8月)など、振り返るとみんなそれぞれ他の活動でも忙しい中、よく練習もこなし、ある程度納得のいく演奏もできたと思います。  店長

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なかなかや事始め(その2)

さて、旗揚げ公演も済みコンクールも終わってしまうとしばらく活動は停滞します。やはり当面の目標がなくなってしまうと頑張れないものなんですね、人間は。しかし、その秋くらいからまた活動は再開します。僕と同じ時にコンクールに出てしかも同じく矢野さんに伴奏を頼んでいた相川さんというソプラノの人と知り合いになり、トランペットとソプラノのデュオの曲を一緒に練習しようということになったんですね。初期バロックではありませんが、ヘンデルの時代にはカストラート全盛ということもありソプラノが華やかに歌いトランペットがオブリガートをつけるという曲が一杯ありました。映画のカストラートでも主人公のファリネッリが街角でトランペットと歌を競いそのラッパ吹きをついには負かしてしまうというシーンがあったのを覚えている人もいるでしょう。そのとき使われてた曲はスカルラッティのトランペット伴奏付きのアリア集の中の1曲なんですが、そういった曲を中心にしてコンサートのプログラムを組みました。ヴァイオリンが2本必要だったので天野さんと宮崎さんの二人にお願いして、ソプラノの相川さんプラスなかなかやの3人の都合6人で翌春2003年の2月に近江楽堂でコンサートを開きました。 次に続きます  店長

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2005/01/09

古楽コンクール

矢野さんとなかやまさんの名誉のために付け加えておきますが、先に書いた古楽コンクールは独奏楽器のコルネットとしてのエントリーで、アンサンブル部門でのなかなかやとしてのエントリーではありませんでしたので念のため。矢野さんとなかやまさんはプロフィールにあるように二人とも別の年のファイナリストになってます。

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なかなかや事始め(その1)

チェンバロの矢野さん、ガンバの中山さんとアンサンブルの練習を始めたのは2002年の1月のことです。僕がその年の山梨の古楽コンクールにコルネットで出てみたいと言い出して、その年から伴奏者が複数でもOKになったということもあり、二人に通奏低音をお願いしてエントリーしたのでした。4月末のコンクール用にフォンターナやチーマなどの初期バロックを数曲準備して練習を重ね、濱田さん西山さんのレッスンを受けるため3月の小国コルネットセミナーに3人で参加したりもしました。せっかくアンサンブルとして曲を仕上げているのだからコンクール出場だけではもったいないと思い、4月に近江楽堂でアンサンブル旗揚げの自主コンサートを開くことになったのがなかなかやの始まりというわけです。

アンサンブルの名前を決めるのは難航しました。何度か議論を重ね、メンバーの頭文字をとって「なかなかや」に決め、僕が店長ということに落ち着きました。

なかなかやとしてのデビューは2002年3月22日、熊本小国町木魂館での第4回小国コルネットセミナーにおけるミニコンサート。その後4月に近江楽堂で濱田さんをゲストに招いての第1回コンサート、古楽コンクールと続きます。

え?コンクールの結果?それは聞かないでください(笑)         店長

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2005/01/08

ニフティからのメール

このHPはニフティ上につくっているんですけど、昨日そのニフティからメールがきて「あなたがニフティに入会してから今日で10年です」と言われてしまいました。もうそんなにたってしまったのね…会社の同僚に誘われてパソコン通信(死語だな、これは)を始めたのが10年前。そのパソコン通信の音楽関係のフォーラムで知り合った人から今の師匠の濱田さんを紹介してもらってコルネットを始めて、そのうちモダンのオケやブラスアンサンブルがつまらなくなったので全部やめて。ついでに(関係はないけど)会社もやめて転職して。バロック音楽をかじるようになって本当にいろんなことがありました。僕の世界が広がったし(狭まったのかも?)、なにより音楽に対する考え方、姿勢の変化が一番大きかった。もっと早く転向してればもっといろんなことができたろうなと少々惜しくも思っています。
僕に古楽の世界へのきっかけを開いてくれた音楽フォーラムの恩人は奇しくも昨年ヴォーチェでヴェスプロを演奏した日に若くして亡くなってしまいました。運命は理不尽なものだから誰もどのような形で人生を終えるのかはわからないですが、やっぱりできるときにやれることを精一杯やるのが大事なんだなと思います、とは言っても抽象的すぎてなんのことかわかりづらいですが。
さて、これからの10年はどうなるのか、いやどのように進んでいくのか、いくべきか、考えさせられたメールでした。店長

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2005/01/05

今後の予定

なかなかやの今年の活動予定ですが、とりあえず最初の活動は1月中旬、アントネッロに参加しての ラ ヴォーチェ オルフィカのモンテヴェルディ「聖母マリアの夕べの祈り」の録音です。2月は(なかなかやの活動という訳ではありませんが)ヴァイオリンの星野麗のソロリサイタル。3月は都内某所でちょっとしたミニコンサートの予定。3月13日にはアントネッロ門下生の発表会(鷹羽スタジオ)。いろいろ活動の場は広げていきたいと思っています。

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2005/01/01

ホームページつくりました!

ようやくホームページをつくることにしました。キリ良く2005年元旦からの立ち上げです。このひとりごとも3日坊主にならないようにしなくちゃ。    店長

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