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2005年2月

2005/02/28

1630年に何が起きたのか?

(まず初めにこの話は基本的にブルース・ディッキーの情報に基づいていることをお断りしておきます)

 

16世紀後半に活版印刷が発明されてから楽譜も印刷されて市中に出回るということが始まりました。その前は全部手で写譜していたんですね。印刷の初期の譜面は今のものと違って、器楽曲であってもどのパートをどの楽器で演奏すべきかということはほとんど指定してありませんでした。例えば上のパートは単にソプラノと記載されていてヴァイオリンで演奏してもいいし、リコーダーやコルネットでも良かったのです。それは今のように専業化が進んでいなかったこともあるでしょうし、そこに居合わせた奏者が演奏できる楽器だったら音域が合えば何でも許容されたということだったのでしょう。また楽器を指定しない方がより多くのアマチュア演奏家に買ってもらえるという商業的もくろみもあったのかもしれません。

 

しかしながら時代が下るにつれて徐々に状況が変わります。1597年に出版されたジョバンニ・ガブリエリの有名なピアノとフォルテのソナタは楽譜に強弱記号が明記されたということで音楽史の教科書なんかに載って(実は確かめていないけど)いますが、各パートの楽器指定がしてある(第1グループはコルネット1本とトロンボーン3本、第2グループはヴィオラとトロンボーン3本)ことでも名高いです。

 

その時代最も楽譜出版が盛んだったのは東方貿易で経済的に潤っていたヴェネチアでした。彼の地で1600年以降出版された楽譜のソプラノパートには、たいてい「ヴァイオリンもしくはコルネットで」と書かれています。またそうした譜面は年を追う毎にどんどん増えていくのですが、なぜか1630年をピークとして激減するのです。出版点数自体が減っています。

 

そして1640年くらいからようやく出版される譜面の数も元の勢いを取り戻すのですが、もうそれらの譜面からは「コルネット」という文字を探すことが難しくなります。すなわちこのあたりでコルネットは全盛期を過ぎ過去のものとなりつつあることがうかがわれます(いくらなんでもすぐには消滅はしないでしょうからね)

 

さて、ここで今回のクイズ、タイトルに戻ります。一体1630年に何が起きたのでしょうか?  答えは後日書きますね。   

 

 

答えは→こちらです。

 

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2005/02/27

星野麗リサイタルご来場感謝!

おかげさまをもちまして星野麗ヴァイオリンリサイタルはたくさんのお客様においでいただき、盛況のうちに無事終えることができました。お越しいただいた皆様、ありがとうございました。

星野を始めチェンバロの矢野、ガンバのなかやま共に練習の成果がいかんなく発揮できたのではないかと思います。

僕は個人的にはパンドルフィ・メアーリのラ・カステッラがぞくぞくする感じがしていい出来だったのではないかと思いました。アンコールでも演奏したパッサカリオも良かったですね。

なかなかやとしては、これからの活動ますますがんばりますので応援よろしくお願いします。

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2005/02/24

おかげさまで

今週末の星野麗ヴァイオリン・リサイタルはご予約をたくさんいただきましてチケット完売となりました。ありがとうございます。
お客様にご満足いただけるよう星野も最後の仕上げの練習に余念がありません。

店長も今プログラム作成の仕上げにはいってます(汗)

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2005/02/21

8年ぶりの納得

そのときには気がつかないけど、あとになって「ああ、あれはこういうことだったのか」と初めて理解できるってことがあります。

なぜそういう成り行きになったのかといういきさつを話し始めるととても長くなってしまいますのではしょりますが、時は1997年10月、場所は愛媛の今治で、僕はイギリスのトランペット奏者であったフィリップ・ジョーンズ氏の公開クリニックの通訳をしていました。

ある参加者から「高い音と低い音のタンギング(舌使い)の違い」について質問がでました。氏の答えはかいつまんで言うと、高い音域の時は上の歯茎のあたりの高い位置でタンギングする、低い音域になるにつれその位置が低くなってくるけれど、あまりに低いところまで下げすぎない方が良い、との回答でした。

僕はちょっと釈然としなかったけれど(というのは上の歯の歯茎あたりでタンギングするというのは技術的に不可能だと思ったからです。それじゃ息が出て行かない)、とりあえずそのまま訳しました。質問した人もあまり納得できなかったみたいな様子でした。

ところが、つい先日たまたまその時の録音を聴き返していたとき、はたと気がついたのです。僕ら日本人はタンギングというと舌を突くことと解釈しますが、氏の言ったタンギングとは単に舌の位置関係だったのではないかと。

この1、2年、僕の中では高音域をどうやって克服するかというのがずっと頭にこびりついている課題なんです。で、ことあるごとにハイノートの得意なラッパ吹きをつかまえては「高い音を確実に出す秘訣はなんなの?」と聞いてまわっています。結果、どうも共通する意見は、普通のプレーヤーが第一に気にするアンプシュア(唇の形)ではなくて、1)音をサポートする息と 2)舌(べろ)の位置、すなわち口の中で盛り上げるような形状にして狭い空間を空気が鋭く通るような状態をつくる、それから 3)高音を苦手と思わないマインドコントロール、この3点に集約されるようです。これ、自分の中では得た結論としてかなりの秘伝なんですけど。

で、数年ぶりにフィリップ・ジョーンズの録音を聴いて、「あ、あのときこのことを言ってたんだ!」とすごい納得してしまいました。のどにつかえていた魚の小骨がとれたような気分になったと同時に、あの質問者にきちんと正しい回答をしてあげなくて申し訳なかったな、と思いました。ほんの少しね。    店長

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3月6日のコンサート

3月6日のコピスでのコンサート、2時からの昼の部はおかげさまで完売となりました。ありがとうございます。
6時からの夜の部はまだ席がございますのでお早めにご予約ください。   店長

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2005/02/20

ヤマカズ

自分が体験した中で一番好きな指揮者はなんといってもヤマカズです。山田一雄。僕が新交響楽団にいた時期にヤマカズの得意とするマーラーをはじめ、いろんな曲を振ってもらいました。

ヤマカズの棒はよくオケ奏者からは分かりにくいというぼやきも多くて、確かに打点を大事にする人にとってはそうかもしれません。でもそんなことより音楽をしたいという意思が全面に溢れ出さんばかりの指揮で、一緒にその音楽にのれるとこんなに気持ちのいいバトンはないのでした。

アインザッツ(音の出だし)が明確で、楽曲の構造もよく把握していて、っていう指揮者の場合は、それはそれで演奏はしやすいのですが、単に破綻がないだけと言えます。仕事片付けました、みたいな。今考えるとヤマカズは子供のような純粋さで大人の音楽をしていたんだなあと思えます。

エピソードを2つ

曲は未完成。演奏は珍しく指揮と一体になってすばらしい出来でした。2楽章の最後の和音が天上の音楽のように響いて消えていった直後です。お客さんや演奏していた我々もがその余韻を慈しんでいたそのとき、ヤマカズがふと指揮台の上で一歩右に立ち位置を動かしたかと思うと、なんと誰よりもいち早く拍手をしたんです。僕らも演奏には満足したけど、ヤマカズもうれしかったんでしょうね。感動しました。

マーラーの8番でのこと。千人の交響曲とも呼ばれるこの曲は8人のソリスト、2つの合唱団、児童合唱などを含む大規模な作品です。東京文化会館のステージにはそれこそ1000人近い演奏者がいました(よく乗っかったというべきか、ステマネはそれこそ舞台が抜けるんじゃないかと本気で心配してましたね)

さて、この曲、2部の最後のクライマックスで金管奏者のバンダ(別動部隊)が出てきます。彼らは3階客席の右側に位置して待機していました。曲のその部分に到達すると、ヤマカズは合図をしようと左を振り返ります。「あっ、バンダがいないー!」当たり前です、反対側を向いたのですから。しばらく空をきるヤマカズの棒、青ざめる1000人、あっけにとられる聴衆。ヤマカズらしいカオスでした、はあ。

店長(まいど古楽とは関係ない話ばかりですみません)

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テンシュテット

クラウス・テンシュテットという指揮者が好きです。もう亡くなりましたけど。
十八番はやはりマーラーでしょうか。ロンドン・フィルと録音した全集がありますね。それからベルリン・フィルを指揮したワーグナーの器楽曲集が発売当時は好評で話題になりました。そしてロンドン・フィルとの録音はよく評論家から「オケがいまいち。これがロンドン交響楽団だったらよかったんだが」なんて批評をもらっていたりしました。ロンドン・フィルのファンの僕としては心外ですが。

テンシュテットは癌と闘っていました。1984年に一度倒れ、再起不能といわれていたのですが、88年に不死鳥の如く復活し、5月6日ロンドンフィルの本拠地であるロイヤル・フェスティバルホールでオールワーグナーのコンサートを指揮します。
テンシュテットの再起を熱望していたロンドンのファンたちの熱狂ぶりはすさまじいものがありました。プロムスの最終日みたいにユニオン・ジャックが舞い、客席には「おかえりなさい、クラウス」の横断幕が。そして、病に倒れていたとはとても思えない凛々しさでワーグナーを5曲演奏したのでした。

88年に何度かステージに立った中で圧巻は12月13日に指揮をしたシェーンベルグの小品(タイトルがすごい、「ワルシャワからの生還者」)とマーラーの5番です。曲の冒頭から恐ろしいまでの集中度のみなぎるマーラーは嵐のような1楽章、歌いっぱいの2楽章、絢爛たる3楽章、彼岸のアダージョと進み最後に圧倒的な5楽章のロンドで感動的に終わります。曲が終了するや、フェスティバルホールには割れんばかりのスタンディング・オベーション。
その場に居た僕も手が痛くなるくらい拍手をしました。でも、テンシュテットはかなり消耗して疲れているように見受けられました。(当たり前ですよね、病み上がりで70分のシンフォニーを全力で指揮すれば誰だってくたくたです)
この時の演奏はCDになって発売されていて、僕の宝の一つになってます。

テンシュテットはなんと言ってもライヴが最高。最近いろいろライヴ盤が復刻されて発売されているのはうれしい限りです。    店長

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2005/02/18

ナチュラルブーム

トランペットの友人から連絡があって、今度は某大学オケで運命にナチュラルトランペットを使いたいけど、とのこと。ほらね、着実なブームになりつつあります。

楽器を貸し出してあげたいところなんだけど、もうすでに他のアマチュアオケに2本貸してあって手元には自分が普段使う分しかありません(実は去年2本友達に売ってしまったので)。いったい何本楽器持ってたの?と言われそうですが、まあそれは置くとして、これからこの手の問合せがますます増えそうな気がします。 店長

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2005/02/15

昔の自分

ちょっと事情があって昔の自分の演奏をまとめて聴いてみた。
今の演奏スタイルからするとずいぶん違う、「あ〜、こんな演奏してたのか〜」という感じ。いいか悪いか別にして変わったもんだ。

ふと見ると、カセットテープとか昔のプログラムとかの資料の中に当時の写真が!変わったのは演奏スタイルだけではなかったのね。   店長

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2005/02/13

星野麗リサイタルに向けて

26日のリサイタルを控えて、着々と準備がすすんでいます。
プログラムや曲順もほぼ決まり、最後の仕上げの段階に入ってきました。みんなでアイデアを出し合いつつアンサンブルとしても丁寧に曲作りをしています。
チーマ、ウッチェリーニ、フォンターナにカステッロなどなど。
ヴァイオリンリサイタルは数多くあるけれど、これだけまとまって初期バロックの名曲を聴けるチャンスはめったにありません。ぜひお聞き逃しないよう、26日は近江楽堂に来てくださいね。   店長

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2005/02/11

コンサートにて

先日のコンサートでのことです。
開演前、ホールからのアナウンス、「携帯電話、アラーム付きの時計は演奏の妨げになりますのでご注意ください」これはよくある放送。続いて「携帯電話はマナーモードではなく、電源をお切りくださるようお願いいたします」念には念をいれるんだな、確かにマナーモードでも静まり返ったときには気がつくしな〜 演奏に集中して聴いて欲しい という主催者側の配慮かな などと思いつつ、僕も普段はマナーモードにしている携帯の電源を切ったのでした。
 
さて、コンサートも前半が終わり、休憩時間には別室でほっこりとお茶のサービスなどを楽しんだ後、プログラム後半が始まってすぐのこと。曲はガンバソロで奔放なほとばしりと静寂とが交差するリチェルカーレ、息をひそめて聴き入っている瞬間。と、あれあれ、なんで曲の途中で会場に入ってくる人がいるの?なぜ係りの人たちはお茶休憩から遅れた人を導き入れたりしてるの?と思いきや、まもなく入り口に立っている係の人たち、ひそひそと立ち話を始めました。聴衆がパンフレットをかさこそする音すら聴こえてくる静謐な空間で、しかもアナウンスで携帯のバイブレーションにも神経を尖らせていたはずの主催者側の人間が、なぜそんな無神経なことができるのか理解に苦しみます。立ち話は15秒くらいは続いたでしょうか、その場の雰囲気をぶちこわしにするには充分な長さです。

なにもいつもコンサートでは咳をするのもはばかられるくらい息をひそめてなきゃいけないといっている訳ではないのです。リラックスして、ときにはその場のノリで合いの手を入れたりとか聴衆参加型もありと思っています。だからこそライヴが生きもするし簡単に死んでもしまう、それが分からない人はちょっとお断りですね。
すみません、少し感情が走りすぎてしまいました。  店長

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2005/02/10

進化しつづけるアントネッロ

今日(昨日?)はアントネッロのコンサートを聴きに大倉山に行ってきました。プログラムは〜イタリアの爛熟と自由奔放〜と題して、カステッロの1番2番を始めメールラのチャコーナやサンチェスのカンタータなど初期バロックの有名どころオンパレードの内容。いづれも何度もライヴで聴いたことのある曲ですが、アントネッロのすごいところは常に新鮮な演奏が聴けるというところです。つまり、同じ曲でも毎回なにがしかの変化があって新しい解釈なりアイデアに触れることができる、そういう意味ではジャズのライヴハウスに通う感覚に似ているといえるでしょう。

心なしか、最近の濱田さんのコルネットソロは初期バロックから大きく踏み出してそこだけジャズの世界を醸し出しているようです。と思っていたら今日はそのジャズワールドの中にもちゃんと初期バロックのイディオムが入っていることに気がついて、さらに新たな発見でした。う〜ん、やっぱすごい!  店長

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2005/02/07

ロングラン

ミュージカルではありませんが、ロンドンで、いや世界で一番長い期間公演を続けているのはマウストラップという芝居です。アガサ・クリスティ原作のミステリー。

なんと1952年に始めて半世紀以上、公演回数にして実に2万回以上同じ芝居をうっているというのだから驚きです。今もやっています。50年代に学校を出てすぐこの劇場に職を得た人がいたとして、その人が定年を迎えるまで、とにかく毎日(水曜と土曜は2回公演)ずっと同じ芝居をしているわけです。またその公演を支えるお客さんが途切れずにいる(観客動員できる)というのもすごいことです。

ロングランに限らず、ロンドンの観客層の厚さはいつも不思議に思われることの一つです。ロンドン周辺部まで含めても人口は600万人くらいに過ぎません。それでいてエンターテインメントは多彩です。芝居やミュージカルの常設劇場が30くらいでしょうか、加えてクラシックのコンサートやオペラ、ロックなどのライヴハウス、どういうところへ出かけてもどこも満席に近いお客さんの入りです。住んだ感じでは日本と比べて経済的に特に裕福というわけでもなさそう。結局、そういったものを楽しむ文化が根付いているということなんでしょうけどね。そうした光景を目にすると、成熟した大人の社会だなと深く実感してしまいます。  店長

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2005/02/06

オペラ座の怪人

映画を観てきました。実はミーハー的だけどアンドリュー・ロイドウェバーの音楽は大好き、なかでもファントムが一番お気に入りだったりします。ロイドウェバーが一番冴えていた頃の作品ですしね。で、肝心の映画ですが、ミュージカルの流れに忠実で舞台という枠をとっぱらった拡大ミュージカルという感じ。原作を損ねず作ってある印象を受けました。欲を言えば、クリスティーヌは役どころから言えばあれくらいの小娘がいいんでしょうが、どうしてもサラ・ブライトマンの印象が強くて舞台には負けてるかな、ということと、パリオペラ座のセット(外観)がちゃっちすぎないか?ということかな。

ミュージカルはいいですよね。昔ロンドンに住んでいたとき、コンサートにも随分行きましたが、一度ミュージカルを観てからはそちらの方が面白くてはまってしまいました。歌と芝居とダンスの入った総合芸術には敵わないです。ラッパ吹きとしてはフリーランサーとしてウェストエンドのオケピットで演奏して生活してたら楽しいかな、でも毎日同じ演目じゃさすがに飽きてしまうんだろうか。  店長

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