東京室内歌劇場第112回定期公演、モンテヴェルディのオペラ「オルフェーオ」を観に行く(19日、指揮:若杉弘、演出:鈴木敬介、紀尾井ホール)
最初に断っておくと、思いっきり悪口を書くことになっちゃうんだけど。。ご勘弁ください。
一言でいうなら、行かなきゃ良かったと思える公演だった。
まず、主役のオルフェオが下手過ぎ。ピッチは安定しなくてだいたい高めに外れているし、3幕の一番の聴かせどころ Possente spirto が技術的にも消化不良で聴いていて「そうじゃないだろう!」と地団駄踏んでしまう。とっても難しい曲であることは認めるけど、一番の聴かせどころなんだから、きちんとやってもらわないと三途の川も渡れないよ。
次に演出に見られるところがない。一幕羊飼いたちの動きは一通りで一様だし逆に主役たちの動きはなにもなし。2幕でエウリディーチェの死を告げる使者が来た時も、オルフェオは使者の方を見ることなく客席に向かって突っ立ったまま、一言「ああ!」。ありえないんだけど。何か演出に意図あり?
オケはと言えば、これはまあモダンだから古楽とは別物と考えるべきなんだろうけど、モノディの通低がセンプレビブラートなのはとても耐えられなかった。常にビブラートがかかっている音が美しいという感覚から離れてみると見えてくるものがあるはずなんだけど。ビブラート自体を否定しているわけではないので念のため。
最初のトッカータはなぜかオリジナルの指示を無視して2回のみ。ま、工夫もなく3回同じ演奏を聴かされるよりかは良かったのかもしれない。
3幕、ヴァイオリン、トランペットのエコー部分がエコーじゃなかったのは何故?
幕間にオケピットにある譜面を覗き込んでみたら、時代を感じさせる写譜屋さんによる手書きのアーティキュレーションありありの譜面。要するに30年前この歌劇場で使った譜面をそのまま再利用した様子。えー? この間古楽の解釈には目を見張る変化があったんだから、単なる再演ではなく、少なくともそれを考慮した音楽作りをしようよ。その結果ここに戻ってくるんならそれはそれでいいけどさ。間に合わせのオーボエやフルートを入れてのアレンジというのが、今再検討してもこれがベスト!という結論になるとは到底思えないんだけど。
バトンはといえば、オケテュッティのバレエの曲のリズムは死んでいるし、随所に縦を無理矢理合わせようとしてかえってアンサンブル乱れているし。 やたらとすべてコントロールしようとして音楽を殺していた感じ。あの〜、マーラーとかとは違うんですから。
良かったのはカロンテ役と希望役の歌手かな、しいて言えば。
この公演内容だとお客さんは「なんか変なオペラだなあ、まあオペラ創世記の作品だしこんなもんでしょうかね、やっぱりオペラはモーツァルトからだね」という感想をもつのではないだろうか。
多少覚悟はしていたものの、やっぱりという出来。金返せー。