懐古風随筆(その3)
(その2よりつづく)
問題は二つあった。コルネットのときのような良い先達が身近にいないこと、それから高音域をどうやって克服するかということ。
第1点はそれでもなんとかすることができた。まず良いと思うCDを聴いて(特にNAXOS から出ているバロックトランペットのシリーズは素晴らしい!奏者はスウェーデンのNiklas Eklund、この人は世界一上手いと思う)イメージトレーニングをする。外国から奏者が来日したときにコンタクトをとってプライベートレッスンを受ける。海外で開かれる古楽音楽祭に併設されるサマースクールなどに参加する(インスブルックやイタリアでのセミナー)などなど、求めて行けばいろんな機会がある。
ここでも参加者の少ない狭い世界ゆえか、一流プレーヤーから直接レッスンを受けられる贅沢さを痛感する。だってモダンでは考えられない。例えて言えばアルゲリッチのプライベートレッスンを受けるとか、クレーメルと一週間生活を共にしながら秘伝を教えてもらうとか。ま、古楽プレーヤーはアルゲリッチやクレーメルほど世間に認知されてないのも事実ではあるが。
問題の第2点は高音域の克服。先述のようにヘンデルやバッハの音楽には高音域が多用される。殊にバッハのミサ曲やカンタータには普通に上のDの音(通常のB管の楽器の最高音Bbより3度上の音)が頻発する。実はモダンの時から高音域はそれほど得意ではなかった。ナチュラルでも楽器に唇を強く押し付けてみたり、唇を引き締めてみたり、あるいは息をたくさん吹き込んであげてもBより上の音域は出る時もあれば出ない時もあるという状態で安定しない。安定しないと苦手意識が醸成される。案の定本番では音をはずす。というネガティブスパイラルの世界に入り込んでしまっていた。自分はもともと高音域が吹けるような奏者ではないのだといくぶん諦めの境地にいた。
ところがバッハの楽譜は厳然としてDを要求する。そうこうするうちにバッハのクリスマスオラトリオ全曲を演奏するのだが吹けないかという話がきた。有難い話で是非吹いてみたいがラッパには超難曲だ。特に最終第64曲のコラールはほとんど合唱オケ伴奏付きのトランペット協奏曲のような曲なのだが跳躍で何度もハイDを吹かなくてはいけないところがある。
これはなんとかしなくてはいけない、とせっぱつまった状況になった。今までのセミナーで教わったこと、バロックトランペットの教本に書いてあること、などどこかにヒントはないかと探しつつ、同時にハイトーンの得意なプロの奏者2、3人の門を叩いて教えを乞う。
そうしていろいろ試行錯誤するうちに、半年位して「これじゃないだろうか」という奏法にたどり着いた。これは秘伝なのでここにつまびらかにする訳にはいかないのだが、ポイントは舌の形状にある。全然唇のアンプシュアとかアパチャーとかの問題ではなかった。その奏法に開眼したときのうれしかったこと!
そんなこんなで昨年の年末、西荻窪の本郷教会におけるクリスマス・オラトリオ全曲演奏は自分としてはそこそこに満足のいく演奏をすることができたという訳だ。1年前だったらとても吹けなかったと思う。ラッパを吹き始めて40年近く、それでもこの年になってから高音域の克服ができるなんで思いもよらなかった。自分のラッパ史においては重要な進歩を遂げた1年となったのだった。(この稿終わり)
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コメント
はじめまして。バロックトランペットの記事興味深く読ませていただいています。
この記事の中の「バロックトランペットの教本」について教えていただけないでしょうか。
私は海外の楽器の輸入などをしていますが、最近古楽のイベントで知り合ったドイツのバロックトランペットの製作者から彼の楽器を日本で販売してほしいと一本預かりました。これまでたいがいの楽器は取り扱ってきたのですが、管楽器は比較的苦手なほうで、ましてバロックトランペット(!)
でもイベントに来ていらっしゃった専門家の方からは、しっかりした品質で価格も手ごろ、というコメントをいただいていたので、私のできる範囲でお手伝いをしようと思っています。
自分ではふけないのですが、少なくとも取扱の基礎ぐらいは勉強したいと思ってご相談するしだいです。よろしくお願いいたします。
投稿: Nom | 2006/05/03 10:18
Nomさん、その節はどうも失礼いたしました。
ミュンクヴィッツさんの楽器は私も一本預かってきまして、その1本は早速売約済みになってしまいました。
教本についてはいろいろ出てはいますが、すべて洋書です。
一番包括的なものはタール教授のBaroque Trumpet Playing (Schott) 全3巻です。インターネットで検索すれば必ず出てくると思います。
投稿: 店長 | 2006/05/03 21:56
あ、あの時の方なんですね!!失礼しましたm(_ _)m
その折はちゃんとご挨拶もせずにすみません。あの時点では扱うことになるとは思っていなかったので、終わりごろになって「とりあえず一本預かっておいて」という話から、「預かるならもうちょっと話をしたほうがいいね」になり、コンクールの翌日に会って話をしたところ「総代理店として扱ってほしい」という急な展開になってしまいました。
「店長」さんのように専門家の方のほうが良いのではないかとは言ったのですが、まずは楽器の取扱の仕事をしていればだいじょうぶ、とか、飲み食いで気に入られてしまった節が無きにしも非ず(汗)です。
私のHPをご覧いただきますとおわかりいただけるかと思いますが、メインはチェンバロと、次にヴィオールをあつかうつもりでいます。古楽という面ではご縁のある仕事ですので、ぜひいろいろな面でのご指導、よろしくお願いいたします。
投稿: Nom | 2006/05/04 08:58
「なかなかや」サイト拝見しました。まるで私の取扱商品のデモンストレーションをしていただくために結成されたアンサンブルのような(笑・失礼しました)
ぜひいろいろ教えていただければと存じます。お忙しいとは存じますが、お時間がありましたら皆様で茅ヶ崎まで遊びにお越しになりませんか?現在は狭い自宅にチェンバロ4台(今は2台出払っていて実質2台)ある状態ですが、1~2ヶ月うちに古いマンションの一室を改装して展示室と日中は練習にも使っていただけるようにできればと思っています。もしよろしければ弊HPからメールをいただければ詳細はメールで。
投稿: Nom | 2006/05/04 09:20