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2006年5月 9日 (火)

原体験

ドル円が111円のミドルまできている。連休前もだらだらと114円台まで下がってきていたのに連休後に一気にここまできちゃった。
そもそもアメリカの雇用統計の数字が悪かったから、当面利上げなしでドルは売られ、でも株は買われ、って矛盾してない?
でも材料っていうのはそんなもんで、単に相場がそっち行きたかったから、後は説明のあと付けということなんだけろうけどね。

いやいや、今日はそんなことが書きたかったのではなくて、ドルが売られて気持ち悪いというかすわりが悪い感じがするということを言いたかったのだった。

そもそも自分が為替相場に関わり始めたのは80年代前半、もう誰も覚えてないかもしれないけど、大統領はレーガン、財務長官はボルカーで、金融政策はマネーサプライを指標に金利が上下してた。
モットーは「強いアメリカ、強いドル」というわけで、なぜか米国の実態とは乖離してドルは高水準が維持されてた。レベルで言えば240円から260円といったところだ。
そんな時期にこの世界に入ったもんだから、ドルは理屈なく強いもの、なんてったって基軸通貨だし、という気持ちが自分の中にしみついている。ドルは長くもってキャリーで稼ぐもの、でもときどき急落することもあるから気をつけようね。これが基本ディーリングスタイル。

そんな米国の政策は化けの皮がはがれて85年のプラザ合意でドル安になり、一気に200円割れしたことはご存知のとおり。それ以来(というかその前も基本的にはそうなんだけど)のドル安でついには100円も割れて70円台まで行ったとこもちゃんと体験した。ドルのショートもさんざんやった。でもなんかドルが買われている方が自分の気持ちが落ち着くのはなぜだろう。これを原体験とでも言うのだろうか。

たぶん僕だけではなくて、他の人にもそういう傾向はあるようで、僕らの上司の世代(ニクソンショック体験派)はとにかくドル売りが好きだったし、プラザ合意以降のディーラーも当たり前のようにドルショート派。僕はそんな世代に挟まれた少数派なのかもしれない。

ここ数日、仲のいい銀行のディーラーから送られてくる相場コメントはこんな感じ。
「なんでこんなにドル売られるんでしょうねえ。一気にはいかないと思うけど、とりあえずストップロス置いてショートから入りましょう」

彼も僕と同じ頃に為替相場を始めたクチ。歯切れの良くないコメントに、体質は同じだなあと苦笑してしまった。

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