« 覚悟と気合いの問題 | トップページ | 演奏会のお知らせ »

2006/05/11

アプローチの方法

確かアーノンクールが言ってたと思うんだけど、バロック音楽をやる上では、時間を逆行してロマン派古典派と遡って行くよりも一気にルネサンスまでジャンプしてそこから時間の流れに沿って初期バロック、後期バロックとアプローチした方がいいのだとか。

我々現代人は(幸か不幸か)バッハ、モーツァルト、ベートーヴェンのみならず、ストラヴィンスキーやショスタコーヴィッチ、ビートルズからマイルスまで聴いちゃってる。その耳でバッハの対位法とかを聴くと古めかし〜い感じがする。
ところがバッハ時代の人たちはパレストリーナやモンテヴェルディ、シュッツなどしか知らなかったわけで、バッハの音楽は極めて新しい感覚だったに違いない。

その感覚を取り戻すには自分がその時代の人と同化する必要があるだろう。つまり真にオーセンティック(正統的)な演奏を目指そうとするときにはなまじストラヴィンスキーを知っていることは邪魔になってしまうということだ。

でも、現代に生きる我々が現在を生きる聴衆に昔の音楽を演奏して提供するわけだから、単にオーセンティックな演奏をすればいいというものではないし、そうした復元活動にどれだけの意味があるかという根源的問題にもなってくる。まあ、これはバロックに限らずクラシック全般がかかえる問題だと思われるが。

知識として、技術として昔はこうであったということをわきまえていて、それでいて現代人にもなにか訴える演奏をする、ということなのかな、我々の使命は。

あれれ。実は昨日トランペットでアーティキュレーションのことを考えていたときに冒頭のアーノンクールの発言を思い出してなるほどなあと得心したので、そのことを書こうと思ってたんだけど、なんだか話が脱線しちゃった。しょうがないのでその話はまた別の時に。

|

« 覚悟と気合いの問題 | トップページ | 演奏会のお知らせ »

トランペットの話題」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: アプローチの方法:

« 覚悟と気合いの問題 | トップページ | 演奏会のお知らせ »