生ロ短調ミサ
今年バッハのロ短調ミサを生で聴いたのは5回(そのうち1回はステージリハーサルだったけど)。昨日はその5回目だった(つくば古典音楽合唱団第20回定期演奏会、指揮鈴木優、ノバホール)。
どうしてもトランペットの演奏に耳がいってしまう。そして、6月のヘレヴェッへの演奏(Guy Feber)の素晴らしさと比較して、彼此の格差の大きさを思わないではいられない。
もう一つ思ったのは、大方の日本人(これは演奏者と聴衆という意味だけど)にとってカトリックのミサの曲がいかなる意味をもちうるのだろうかという疑問。つまり、いかに合唱曲として、あるいは器楽曲としてすぐれた作品であっても、あくまでもミサ(典礼)のための曲だし、歌詞はラテン語だし、一般日本人からすれば身近とはいえない内容のはず。モーツァルトのレクイエムにしろメサイアやマタイ受難曲にしろ、消化するためのバックグラウンドが(自分も含めて)なさすぎではなかろうか。
でも、聴き映えのする合唱曲といえばこれらの曲になってしまい、いきおい公演回数も増えることになる、合唱団がある限りね。
演奏する側の人間がこんなことを言ってちゃダメなのかもしれないけど、なんか聴衆の一人としてホールで聴きながらそんなことを考えていた。
どうでもいいことだけど、ノバホールって駅前じゃないんだね。
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コメント
mixiの足あとから、来ました。昨日はお寒い中、たいへんな遠方よりご来場いただき、ありがとうございました。
今回、使われた楽器が楽器ですので、合唱団仲間では、金管楽器の音程をどう作るのかというのが、興味の一つでした。私も演奏するところをじっくりと観察できなかったことが、実は心残りだったりします。いつか、ちゃんと見てやろうと考えております。
>消化するためのバックグラウンドが(自分も含めて)なさすぎではなかろうか。
指摘されれば、少し考えさせられる事柄です。他の方々はどんな風に考えているのでしょう。
でも、バックグラウンド云々を抜きにして、こうした曲を学ぶ人は増えこそすれ、減らないような気がします。また、キリスト教文化圏の人々には、私たちの振る舞いがどう映るのでしょう。
お互いの受容の仕方など考察すると面白いかも、と考えたりしました。
初めて来ましたのに、好き勝手なことを書いてしまいましたが、ちょっと考えてしまったもので。失礼をお許し下さい。
投稿: ううう | 2006/12/10 21:22