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2008年2月

2008/02/26

こういう感覚か

風の強かった日、

われらが京葉線は風に弱い。
東京駅を出てしばらくしたら家人からメールがきた。
「風強いけど電車大丈夫?今どのへん?」

電車は東京の次の八丁堀を出たばかりのところ。

メールを見て返事を打とうとして一瞬はっとする。

・・・・・・

次の駅名が出てこないのだ。

路線としては次の地下の越中島駅を過ぎると地上に出て潮見駅となる。
その次は快速も停車する新木場駅という順番。

新木場に至るまでに駅が2つあることは認識している。でも名前がぽっかりと欠落している。毎日通っているのに。

しばらく思い出そうと試みたが、やがて諦めた。
で、こう思ったんである。

「惚けていくってこんな感覚の積み重ねなんだろうか」

だんだん周りの事に関心がなくなってどうでもよくなる、それが始まりなんだろうな。というかもう始まってるし!

やばいよ。

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2008/02/24

街の文化度を測る

自分の住んでいる街の最寄り駅は京葉線の新浦安である。
ここはいわゆる新興住宅地で、東京湾寄りの埋め立て地にマンションがまだまだ続々と建築中であり人口は増加の一途、駅前にもダイエー、アトレ、モナなど複合商店街が林立し、普段の買い物などは楽にできて便利な地域だ。

このアトレの中にゴディバの店ができた。ベルギーチョコレートの、である。なんだかなあ。「それはちょっと違うんじゃないの」という気がする。ここはあくまでも生活圏のショッピングモール、いわばケの空間だ。隣の駅、舞浜(イクスピアリの中)にあるのは分かる。あそこはハレの場だし、ティファニーとかそれなりの店が並んでいるし。

それはそうと、今日音楽の友の最新号を見ようと思って新浦安駅前の本屋さんに行ってみた。駅前には3つ(以前は4つあったんだが)それなりの規模の本屋さんがある。ところが、3つとも回ってみても見当たらない。レコ芸(レコード芸術)も1つの本屋さんにあっただけ。そんなに量が出る月刊誌じゃないからやむないにしろ、それにしてもあまりに寂しくはなかろうか。

人によって基準は違うだろうが、僕の場合その街の文化度がどうかは書店とCDショップの数や品揃えで判断することにしている。東京だとやっぱり銀座、新宿、池袋ってことになろうか。以前六本木ヒルズができる前の六本木もWAVEとか青山ブックセンターとかがあって足を伸ばそうという気が働いたものだが、今や全く魅力がなくなってしまった。(ほんとWAVE六本木店には古楽開眼のころお世話になったものだった)

ゴディバはあっても音友もないような街じゃなあ。

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メディチ・ブラス

アントネッロのコンサートに行ってきた。

(詳細はアントネッロのHP からScheduleをご覧ください)

今回はサックバット隊大活躍。
濱田さんのトークも冴えて楽しいライブだった。

曲は普段スポットのあたらないハインリッヒ・イザークの曲が中心。イザークと言えば「インスブルックよさようなら」しか思い浮かばない。
マイナーな曲でプログラミングし、しかし内容は充実していて、かつ趣向を凝らしたエンターテインメント性も相まってお客さんに満足してもらう。ここに至るまでにどれだけの下調べと準備(アレンジや練習)が必要なんだろうか。その苦労はわからないけれど、でも僕ら観客は目の前に繰り広げられるものをありがたく鑑賞させていただくっていう贅沢な立場だ。この間のオルフェオ(ゴンザーガ家の貴族が一番前で鑑賞していた)ではないが、あたかもメディチ家の豪華な邸宅に招かれた貴族たちの気分。

たまたま隣に座っていたお客さんは僕のことをご存知だったようで(ごめんなさい、こちらは面識なくて)「おや、今日は出番はないんですか?」と訊かれる。アントネッロの一員として認識していただいているっていうのは光栄なことだ。

今日も近江楽堂で同じプログラムのコンサートが予定されているのであまりネタバレはできないけど、アンコールでも演奏された曲のときはメンバーと一緒にアクションしてしまいたくなって抑えるのに困ってしまった。それともやっちまえば良かったかな。

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2008/02/17

製造業はすごい

「すごい製造業」(中沢孝夫著、朝日新書)を読む。

章立ては
序章  もっと誇ってもいいのだ
第1章 Aクラス社員の育て方
第2章 日本はなぜ強いのか
第3章 「よい会社」には共通点がある
第4章 「オンリー・ワン・ブランド」獲得への道
終章  「カタカナ語経営」の危うさ

著者は兵庫県立大学環境人間学部の教授。主に中小企業に焦点をあて、日本にどんなに競争力のある会社があるか、そしてその背景、強い会社の持つ共通点、教育や技術の伝承の問題などを丹念な調査から浮き彫りにしている。非常に分かり易く示唆に富んでいる。
日本のメーカーは強い、という主張だけど、かといって手放しで礼賛しているわけではなく、ブランド力とか、大企業病とか、ダメなところはダメときちんと分析していて好感が持てる。

トヨタが強いのは誰もが知っている。でもトヨタと同じように「カイゼン」しながら日々競争している日本の製造業はいくらもあるんだね。
で、翻って非製造業、特に我々のいる金融業界。優秀な人材はいるはずなんだけど、ものを作るというのとは違って目的が明確ではないからか、いまひとつ「すごい」という感じが(内部にいると)しないんだけど、それは自分の所属するところだけ? 一応日本の大手も外資系も経験したんだけどなあ。

今はどうか分からないけど、かって僕が就職活動をしたとき、文系のみというその大学が特殊だったのかもしれないが、製造業はあまり人気がなくて、銀行や商社、保険などの業種が人気ランキングの上位を占めていた。メーカーは額に汗して何か作るっていうのがダサイ感じがしたのと、生涯賃金の差(金融は初任給は安いけど30代からはいいんだぜ、といったうわさ)がその背景にあったように思う。

その判断基準の中に、企業理念の善し悪しとか、技術を通じて自己を磨く、とか、何かを作り上げる達成感や充実感 といったものがあまりに少なかったんじゃないかと。これは自分の場合だけれども、周りを見てもどうもそういう風潮があった。

僕の所属したサークルでもゼミでも一番多数を占めた就職先は銀行だった。20数年経った今、最初に入社した銀行に今でも籍を置いているものは数えるほどしかいない。離職したのにはそれぞれの理由があり、また必ずしも終身雇用がよい物差しとはいえないが、就職先選択で判断が甘かったんじゃないのという一つの証左になるんではなかろうか。

話が本からそれてしまったけど、とにかく近頃メーカーを見直すことが多い。

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2008/02/16

国民性の違い

昨年からずっと話題になっているアメリカのサブプライム問題。
サブプライムローンの中にはいろいろ悪質なものもあって、中でもよく使われたオプションARMローンというのは貸し手の側からみても「いかがなものか」的商品である。

どんないかがわしさか。例えばローン会社から2000万円を借りるとする。通常の貸し付けだと毎月10万返済して金利分と元本のちょっとを返済することになる。住宅ローンを借りた人なら実感するだろうけど、元本の減り方というのは最初のうち本当に情けないくらいごくわずかである。とにかく金利負担ってすごい重しなのだ。しかしながら、このオプションARMだとその毎月の返済額が5万でいいよ、ってことになっている。家を早く買いたい、けど先立つものが、という人には朗報である。

でも仏の顔も3年(あるいは5年)まで。なにしろ返すべき元本どころか金利分もろくに支払ってなかったのだから、3年後にはその金利も上乗せされて元本が2100万円に増えているっていう寸法だ。ローン会社が追加融資をしてくれていたと考えるのが分かり易いかもしれない。
ローン会社はいつまでもそれを続けている訳にはいかないから、あるときからちゃんと取り立てに走る。つまり4年目からの毎月の返済額は15万ですよ、支払えないなら耳を揃えて2100万円用意していただきましょう(あるいは担保の家を差し押さえさせていただきましょう)と。

ちょっと待って、冗談じゃない、今までもぎりぎりの生活だったのに急に3倍のお金なんて払えないし、毎月お金返済していたのになんで借金増えているんだ、これは詐欺だ。借り手はそう思ってもちゃんと最初の契約のときにサインをしているから裁判じゃ勝てない。

という訳で楽観的でその場しのぎでお金を借りた人たちと、返済能力に疑いを持っていてもきちんと審査せず貸し付けをした倫理観に欠ける貸し手たちが作り出した狂騒曲が、アメリカの金融市場を混乱させたばかりでなくこんな極東の地まで巻き込んでいるという構図だ。迷惑な話だよねえ。

先月ブラジルなど南米諸国に出張して来た外国株式のファンドマネジャーのレポートは印象深かった。ラテン気質とでもいうのか、とにかく現地の人たちはとりあえず今自分が持っているキャッシュの範囲内でしか物事をとらえないんだそうだ。しかもとにかくあるものは使ってしまう。いま手元に5万ある。ローンの返済が5万?、じゃ金借りようか。3年後?そんなこと今から心配してどうするよ。
かって20%を超えるハイパーインフレを経験したから預金を信頼するなって身にしみているのかもしれないが、宵越しのお金を持たないっていう国民性の違い、気質の差っていうのも大きく影響しているに違いないと思う。

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LP

「初めまして。突然ですがデヴィッド・マンロウの音源はお持ちですか?もしお持ちでしたら是非聴かせてください」

数日前、こんなメールが知り合いの息子さんから届いた。マンロウは70年代に活躍して夭折したイギリスのリコーダー奏者。僕が古楽をやっているというので聞きづてで問い合わせをしてきたらしい。なんでも高校生のその彼は今ギターをやっていて、彼の好きなギタリストがマンロウの影響を受けたと語ったからというのでどんなものなのか聴きたくなったらしい。

マンロウは僕が古楽に目覚めた頃聴きあさった音楽家で、日本で手に入るレコードは片っ端から買っていたし、イギリス滞在中もレコードショップで見つければこつこつと集めていた。多分彼のプロデュースしたものはほとんど持っているのではないだろうか。

「何をお探しですか?それからLPだけど聴けますか?」

と返事を打ったがその後返答はなし。

とりあえず「デヴィッド・マンロウの芸術」という2枚組と「中世・ルネサンスの楽器」という2枚組、それにマンロウの特集記事が載っていた82年頃の「季刊リコーダー」を貸し出すことにしてその知り合い(彼の母親)に託す。

先日その彼に初めて会う機会があった。
「どうだった?ちゃんと聴けた?」

「それが・・・」

と言葉を濁すので、母親に聞いたところ、まだレコードプレーヤーを出してないので聴けていないらしい。

「この子がね、ママ、LPってなあに?って訊くのよ」

そりゃあメールに返事ができなかったのは無理ないかも。

今や音楽はCD、MDで聴く時代だし、iTuneなどはもう既にハードの媒体の形すらなしていない世の中。なにしろ平成生まれの彼が、いかに普段音楽に慣れ親しんでいてもLPに触れるどころか名前さえも聞いた事なくてもそれが普通なんだろう。いわんやSPをや。


付記)LPはLong Playの略。LPが出現してそれまでのレコードはSP (Standard Play) と呼ばれることになった。78回転がスタンダードだったんだよ、なにせ。

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2008/02/14

バレンタインデーの思い出

あれはバレンタインデーの出来事だったんだな、と明確に覚えていることが一つだけある。

それは社会人になって最初の冬。
大学4年の頃から仲間を募って練習をしていたブラスアンサンブルが5人編成から徐々に拡大し10人近くの編成(いわゆるPJBEのスタイル)で定着してきた。
レパートリーもそこそこ増え、アマチュアにありがちな話だけど「じゃあ、とりあえず演奏会でもぶち上げてみっか!」的ノリでその年の4月にホールも押さえコンサートを開く事になっていた。

ところがそのグループにはこれと定着した名称が付けられてなかったのだ。それまで呼び習わしていた団体名は「精緻アーノルド集団(これはグループが最初に手がけた曲に因む)」とか「フィリップ・ナカムラ・ブラスアンサンブル(いわずもがなのモジリ)」とか「メトロポリタン・ブラスアンサンブル(これは首都圏の大学オケのメンバーが集まったことに由来)」などと変遷してきたが、実のところしっくりときてなかった。

「コンサートも近づいてきたし、ちょっと顧問の先生の家に集まって会議を開こう」ということで小田急線沿線の郊外住宅地へメンバーが集結。会議というのはそのグループの団体名を決めなくちゃってことだった。先生のお宅にとっては迷惑なことだったに違いない。
さて、当然酒を飲みながらだから本当に適当な名前しか思い浮かばない。ああでもないこうでもないといいつつ結局周りが白々となってくるまで飲み明かす。

疲れた頭でメンバーの一人がつぶやいた。
「今日はバレンタインデーなんだよなあ、、」
「・・・」

「それそれ、それはどう?バレンタイン・ブラス。ついでに聖もつけて聖バレンタイン・ブラスアンサンブル」

他に代案もなく朝方にその名前に決定。最初は団体名を名乗るのにちょっと気恥ずかしかったけど、そのうちに慣れる。ま、組織の名前なんてそんなもんだね。

というわけで聖バレンタイン・ブラスアンサンブル (SVBE) が1980年2月14日に誕生したのだった。


と、一応確認のために今当時の手帳を出して見てみたら徹夜したのは15日、命名は16日だったようだ。全く記憶ってあてにならないよね。(おそまつ)

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2008/02/13

演奏会のお知らせ

僕が出演する訳ではないけど、演奏会のお知らせ

浅井愛リコーダーFirstソロリサイタル
〜帰国記念コンサート〜

2月15日(金)午後7時開演
近江楽堂(初台・東京オペラシティ)

曲目
フォンタナ ソナタ1番、2番
フレスコバルディ カンツオーナ第2番
セルマ カンツオン第1番
広瀬量平 メディテーション ほか

出演
浅井愛(リコーダー)
なかやまはるみ(ヴィオラ・ダ・ガンバ)
矢野薫(チェンバロ)

前売り3,500円 当日4,000円
問い合わせ love-asai@hotmail.com

浅井さんは芸大古楽科を修了後3年前からミラノ国際アカデミー古楽科に留学し昨年帰国。「アルコバレーノ」、リコーダーアンサンブル「ステラ」のメンバーでもある。
今回のプログラムは現代曲もあるものの、ほとんどがイタリア初期バロックで構成されている。どんなふうにイタリアの空気を吸収してきたのか、聴くのが楽しみだ。


・・・と書いて彼女のホームページを見てみたらチケットは完売とありました。むむむ。

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2008/02/11

R46

ちまたで(?) R46といわれている映画を観に行く。
別に45歳以下が観ちゃいけないって訳じゃないんだが。
客席の平均年齢は確かにちょっと高めかも。

脚本がいまひとつなのはしょうがないのかな。
とにかく全編吉田拓郎のうたでやっぱ僕らより上の世代にはこたえられないねえ。
昔の下宿に貼ってある拓郎のポスターとか、井上陽水の「氷の世界」のジャケとか、小道具もいちいち昔の記憶を刺激する。あの3人にはついでにベルボトムのジーンズをはいていて欲しかったな。

拓郎の歌で映画を作りたかったんだね、こうしてまとめて聴くともはやフォークは立派な懐メロなんだなと思わされる。当時は髪伸ばしてギター持ってるだけで不良だとか言われたもんだが。今聴けば歌詞だってかわいいもんだし。

そう言えば浅田美代子って拓郎の嫁さんだったんじゃないか。って前日の「歓喜の歌」とごっちゃになってるよ。

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2008/02/10

「歓喜の歌」

予告編の「餃子ですよ、餃子!」の意味が観てみてようやく腑に落ちた。

大団円で終わるのは予定調和でいいけれど、突っ込もうとすればいくらでも突っ込む余地があるのは致し方のないところ。とりわけ演奏会とホールの事務室が舞台とあっては、現実を知るこちらとしては「普通これはあり得ないんじゃない」という点がいくつもあった。

でも、そんなことは目をつぶれば済むこと。大事なのは瑣末ではなくて困難をどう切り抜けて行くかの人間模様。ま、人のやさしさが身に沁みるほのぼの映画ですな。

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2008/02/03

雪の日

朝、目覚めて外を見たら雪景色。
「こんな日にマラソンはつらいだろうな」と思っていたら案の定8時半くらいに大会中止を告げる市のアナウンスが。
駐車場に行ってフロントグラスに積もった雪を降ろしたり、これ楽しい。
でもどこへも出かけずその後は結局家でぐだぐだ。

3時過ぎに思い立って近くのスパに。(浦安には2つも温泉があるのだ!)
積もった雪を観ながら露天の温泉は最高。
空いてるのかなと思いきや意外とお客さんの入りは普通だった。

サウナのアウフグースで汗をかく。
さっぱりしたあとは休憩所で横になりつつ本を読む(とは言っても読めたのは最初の数行のみだったが)

すっかりリラックスして帰宅。夜は鍋。冬だねえ。

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オルフェオ公演の記録

お知らせです

濱田・伊藤版のオルフェオの公演記録(神奈川県立音楽堂のブログ)がとりあえず一段落したようです。
最初の記録はいつだったのかなあと日記をさかのぼってみたら10月4日から折に触れて記載されていますね。
本番の舞台写真やソリストたちのショットなども豊富なのでぜひご覧ください。

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2008/02/02

理由(わけ)は聞かないで

相場の話。

よくテレビニュースとかで相場が上げ下げしたのについてその原因が簡潔にコメントされることがある。いわく「サブプライム問題が再び懸念されて金融セクター中心に株が売られました」とか「米国株が売られているのに連動してドル相場が下落しました」とか。

さらりと聞き流すぶんには「ああ、なるほどそうなのね」とわかったような気になってしまうが、実は相場の動く要因というのはそんな一言で簡単に説明できるようなことではなくて複合的な要因がごちゃごちゃになったうえで最終的にその水準に落ち着きました、っていうのが実情なのだ。為替とか株式とかなどのように市場参加者が多い場合には特にそうだと断言できる。だからニュースで言われている材料は、確かにそういう面もあったかもしれないが、ニュースの性格上理由をつけなくちゃいけないからっていう事情で無理やり犯人探しをしているんだなというくらいに受け止めたほうがいいと思う。

「なんで(相場が)下がったの?」という問いに対する正しい答えは「買う人よりも売る人の方が多かったから」というものだろう。専門家がそんな答えしないでよ、と言われそうだが、専門であればこそ(神様にはあらず)真実はわからないというのが正直なところなのである。

ついでによくお目にかかる質問は「限られた市場で売買されるのだから、売った量と買った量は一緒でしょ、なのになぜ売った人が多いと言えるの?」というもの。

これについては、確かに市場で出会った量(出来高)は売りも買いも同数だけど、「売った」人と「買わされた」人がいたという立場の違いで説明できよう。「売った」人はそれでニーズが満たされる。しかし買うつもりもそんなになかったのに「買わされた」人は転売する必要(売りニーズ)が生じる。「買ってもいいよ」という次の人が現れる水準まで売り手が市場に存在することになり、その間に価格が下がっていくという案配だ。

買い手がたくさんいるとき(つまり上昇相場)の売りはたやすい。株であればそういう状況は普通利食い局面だからだいたいハッピーだ。でも持っている株の価格が急落して行くとき、大量に売るのは容易ではない。往々にしてストップ安だったりして買い手が見つからず、不本意な値段で叩き売ることになりかねない。

そんなときに「米国のサブプライム問題の影響で・・」なんてしたり顔で解説されても現実問題としては何の役にも立たないってことだ。

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