バロックトランペットの補正孔について
バロックトランペットのvent hole(補正孔)について。
とある人から質問を受けたのでまとめてみた。せっかくなのでここにもアップすることにしよう。
まず1つ穴の楽器について考えましょう。
トランペットの自然倍音で平均律から最も乖離した倍音は第11倍音(ファ)と第13倍音(ラ)です。まずこれの克服のために穴が考案されました。
基音Cの楽器を4度上げるとファラドの楽器ができます。問題の11倍音と13倍音の音は4度上げの楽器の第8倍音と第10倍音(つまりF管の真ん中のドとミ)に相当します。4度は対数比でいうと4対3、つまり管の長さを4分の3にしてあげればF管になります。
そこでマウスピースからベルまでの4分の3のところに穴を開けました。これを開けるとF管になるというわけです。F管にするとファとラの音程が綺麗に補正されるというわけです(ついでにいうとその間のソの音も出せます、F管のドレミに相当)。この穴を便宜上4度ホールと呼ぶことにしましょう。
これで11倍音と13倍音の音程の問題は克服されました。次に問題になったのがナチュラルの管の長いことによる弱点、つまり高音時では隣り合う倍音が近いために音がはずれやすくなることです。例えば良く使う真ん中のドレミはちょっと間違うとすぐ倍音列の隣の音が出てしまいがちです。
どうしたか。これも管を短くすることで解決しました。つまり楽器の半分のところに穴を開ける、すると1:2の比率ですからちょうどオクターブ上になります。
先ほど問題にしたドレミ(8、9、10倍音)はオクターブ短い楽器の第4倍音のドと第5倍音のミと同じ高さです(レに相当する音は出ません、これが大事)。
これをオクターブホールと呼ぶことにしましょう。
実際のところの順番はどうだったのか分かりませんが、次に解決しようとしたのはやはり第11倍音のファの音、これはファとしては高いのですが#ファとして使うには若干低すぎる。そこでオクターブホールより若干長めのところに穴を開け、基音より増7度高い倍音列を得ることにしました。つまり1オクターブ高くして半音下げた倍音列とでもいいましょうか。これを開けると真ん中のシ、ミのフラット、ファのシャープなどが得られます。
この穴を7度ホールと呼ぶことにします。
さて、最初にvent hole付きの楽器が出現したのは1960年代、オットー・シュタインコップフがドイツのメーカー、フィンケ社と一緒に開発したものと言われています。そのときはイェーガートランペット(ホルンのようにくるくる巻いたもの、バッハのトランペット奏者だったゴットフリート・ライヒェの肖像画に描かれているのでおなじみの楽器です)に以上の3つの穴を空けたものです。楽器がくるくる巻きですから穴の位置については右手で開閉操作するのに問題はなかったと思われます。
ところがこれを伝統的な長いナチュラルトランペットに適用しようとしたとき、問題が生じました。4度ホールは3/4、オクターブホールは1/2、7度ホールはその間に位置するわけですが、4度ホールとオクターブホールの間は管の全長の1/4あります。モダンピッチのC管(全長8フィート、すなわち2.438m)の場合、61cmに相当します。これではいくら右手が大きくても親指と小指の幅では足りません。というわけで、この3つの穴を片手で開閉できるようにトランペットを折り曲げて作ったのがいわゆるショートタイプのバロックトランペットというわけです。
この場合、4度ホールを親指で、オプターブホールを小指、7度ホールは人差し指もしくは中指で操作します。
イギリスのマイケル・レアードはトランペットの元の姿を活かしたままでvent holeがつけられないか考えました。彼が考案したのはオクターブホールと7度ホールは残して4度ホールは諦め、その代わりの穴で11,13倍音を解決する方法です。すなわちラッパの1/2のところに穴を空けこれをオクターブホールとして使う。同様に7度ホールも空ける。そしてさらに半音下がったところ、つまりオクターブホールよりベルに近いところ全音分に相当するところにも穴を空ける。長さでいうと管長の半分の約1/8のところで、これは先のモダンピッチC管だと約15cmです。これはB管になっても手を開けばかろうじて届く間隔ですね。この穴でファのナチュラルを得ることができます。この穴をここではBホールと呼ぶことにします。この穴で得られる音列で使えそうなのはシのフラット、ファの他にはソのシャープ、真ん中のドのシャープ(苦しいですが)あたりになります。
これで11倍音は得られましたが、13倍音はまだ解決されていません。そこでレアードはオクターブホールと7度ホールの間に比較的大きめの穴を空けることでこれを解決しています。これは物理的に何度の関係になるのか、僕には分かりませんが、真ん中のシ、ミのフラット、上のラ(13倍音)のピッチを得ることができます。これを仮にAホールと呼ぶことにしましょう。
最終的にレアードの方式は4つの穴でイントネーションの問題を解決することに成功しています。楽器の持ち方はBホールを親指、オクターブホールを小指、7度ホールを人差し指、Aホールを中指というのが僕のやり方です。
最後の方、ちょっと物理的に緻密さに欠けますが、以上のような仕組みでバロックトランペットが開発されたというわけです。
ではいくつの穴の楽器がいいか?それは使う人の好み次第ということで。
と言ってしまえばそれまでなんですが、それでは身もふたもないので、一言だけ付け加えると、音程の補正という意味では3穴(あるいは1ホール)の4度ホールの楽器の方が安定したピッチが得られます。しかも3穴だと楽器がコンパクトになるから操作性もいい。このあたりが大陸で3穴が支持された理由でしょうね。
4穴は音の安定性では劣るけれど、倍音列以外のより多くの音が出せるという点、見た目がオリジナルに近いという点、ヤードを差し替えればナチュラルとして使える点、以上がメリットでしょうか。デメリットとしては管の長さや奏者の体格によっては無理な体勢を強いられることがありうるということも挙げられます。
以上 バロックトランペットを演奏する人の何かの参考になれば。
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コメント
穴の話、詳細な解説ありがとうございます。
今まで全く分からなかったのですが、これで少しは理解できるようになるでしょう。自然倍音と音程の関係が特に難しかったもので。
ところで関西方面で演奏されることはないのでしょうか?
投稿: にしの | 2008/06/09 06:17