ナチュラルトランペット復興の歴史
16世紀から18世紀にかけて活躍したナチュラルトランペットですが、バルブの発明以降、徐々に廃れてしまって使われなくなりました。現存するオリジナル楽器は、2度の世界大戦でかなり失われてしまったものの、今でも欧米の博物館などに行くと見ることができます。
オリジナル楽器の複製の動きは第2次世界大戦後に始まりました。1959年にドイツのメーカー Helmut Finke が有名なライヒャ(JSバッハの専属トランペット奏者だった人)の肖像画に描かれているコイル型のトランペットを復元したのがその嚆矢です。その楽器には Otto Steinkopf のアイデアにより3つの孔が開けてあって、音程を補正する形式でした。これを使ってケルンのトランペット奏者 Walter Holy が初めてピリオド楽器によるブランデンブルグの演奏に成功したとされています。
次に複製を試みたのはやはりドイツのメーカー Meinl で、1967年に ニュルンベルグのオリジナル楽器であるHaas をモデルにした1つ孔のトランペットを作りました。このメーカーはのちに1つのループからなるクルークを取り付けたショートタイプを開発し、それにより Steinkopf 発案の3つ孔を搭載したモデルを完成させました。同時期にEdward Tarr の協力で Egger が同タイプのモデルの開発を進め Hainlein や Ehe 、Wolf などのコピー楽器を製作した結果、このショートタイプのモデルはドイツを中心にヨーロッパで広く使われることになりました。
このように3つ孔のショートモデルが最初に普及したのですが、イギリスでは別のシステムであるロングタイプ4つ孔のモデルの開発が Michael Laird の指導で進められました。このモデルによる楽器は主にイギリスのメーカーによって製作されましたが、のちにEgger など大陸のメーカーも作るようになってきました。
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