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2008/11/06

マドゥーフ氏へのインタヴュー(その3)

【楽器とマウスピースと奏者の関係について】

楽器本体は良い楽器じゃなければだめだがこれは最近それほど問題ではなくなってきた。ベルおよび管はその方が奏者に柔軟性を与えるという理由から手作りであるべきだ。また比率やサイズ(プロポーション)はオリジナルの良い楽器のそれに拠らないといけない。私にとって音程のいい楽器というのはオクターブが純正で、五度がそれほど広くなく、第13倍音がそれほど低くないものということになるだろう。孔なしの楽器を演奏しようという人たちの多くは第11倍音と第13倍音がどうかということに気をとられがちだがもともとこれらのピッチが完璧に合う楽器というのはないと思った方がいい。

第11倍音のファとファのシャープを吹き分けることはつまるところ奏者のスキルに因るところが大きい。もし第11倍音が低ければファの音を作るのは易しくなるだろうがその分ファのシャープを出すのは難しくなる。また逆もしかりだ。ただし第13倍音の場合は問題は異なる。なぜならほとんどの場合はラの音を吹くわけで、ソのシャープを要求されることはめったにないからだ。もしこの音がそれほど低くなければかなり助かる。どんなにこのピッチがいい楽器であってもたいてい平均律より25セントくらいは低いものだ。ただどんなに第13倍音が低くても、第11倍音と同じように調整することは可能だと思う。オリジナルの楽器でラの音程がいいものであっても、そのほとんどはやはり低い。だからといって昔の上手なトランペット奏者が調子はずれで吹いていたとはとても思えないからだ。フランスの昔の本には明確にこのことが記されていて、引用すると「トランペットとホルンにおけるファとラの音程はもともと調子はずれでありそれらの音程がいいかどうかはつとに奏者の技量によっている」とのことである。

【マウスピースについて】

現存する16世紀から19世紀のマウスピースを見ると大きいものから小さいものへと変遷してきたことがわかる。これは当時描かれた絵画でも確認することが出来る。これはおそらく単なる信号ラッパから音楽用の楽器へと変遷してきたこと、さらにスライドやバルブが取り付けられるようになってきたためだと思われる。歴史的なトランペットのマウスピースが現代のそれに比べて大きい(昔のものは19mmから21mm、それに対して現代のものは16mmから17mm)のはたまたまそうだったとか適当に作られていたからとかいうわけではなく、その大きさでないと演奏出来ない音があったからだ。時代が下ってハンドストップ奏法やバルブが開発されるにつれマウスピースは小さくなった。バルブやスライドがこの楽器の技術的な問題を解決してくれるようになったので、大きいマウスピースへの需要はなくなり、余分なことは手でやることとなったのだ。

ナチュラルトランペットはモダンのバルブトランペットの約2倍の長さがあるので、論理的必然性としてそのマウスピースもモダンのよりも比率的に大きくなくてはならないだろう。ここでその詳細を論じるにはスペースが足りないが、別の論文に楽器の比率の問題が取り上げてある(Herbert Heyde, Musikinstrumentenbau, Breitkopf & Hartel, 1986)

昔のマウスピースのリムは通常平らで幅が広い。プラハには6本の銀のLeichnamschneiderトランペットがあるが、それには6つの認証マーク入りの銀のマウスピースがついている。それらのマウスピースの外見はほぼ同じなのだがリムはそれぞれの奏者のニーズに合わせて仕立ててあって、一つ一つのリムとカップはかなり異なっている。カップは金の上から銀メッキが施され、デザインはかくあるべしと納得させられる。

カップの形状もさまざまだ。これも現代のものよりも大きい。ベストの形状は、実際のところ最も単純なのだが半分丸い形のものだ。Joseph Frohlich もドイツの音大用に書いた本の中の初めの部分で同様のことを強調している。(Systematisches Unterricht, Bonn, 1811 & 1828)

カップからスロートに移る部分はほとんどのものが鋭い角度を持っている。これは音にヒス(シューッという音)を生むので現代の奏者には不評だが、これも音色を構成する一部と考えたほうがいい。バロックマウスピースの外部の複雑な装飾を削りだしできるメーカーは当然のことながら内部の旋盤も上手にできるはずなのだが、カップの内側の形状については驚くほどに単純である。ヒスについてはプレーヤーが正確に音を当てることができればかなりの程度減らすことができる。このようなスロートへ至る角度の鋭さと単純な形状のカップが作り出す抵抗をうまくコントロールして演奏する必要がある。

スロートも現代のものに比べると大きい(だいたい4.5mmから5.5mm、これに対してモダンのは3.5mmから3.8mm)。バックボアの役目はカップで作られた音を増幅することと楽器につながっていい音程を作りだすことにある。この部分はバロックトランペットにおける唯一の円錐形の部分である(対してモダンは円錐形のリードパイプを持っている)。通常より楽器の長さが長いのでバロックのマウスピースのバックボアも比率的に長くなっている。

オリジナルのマウスピースをいくつか研究し、また16世紀と17世紀に書かれた多くの絵を検討した結果、我々は特に17世紀のトランペット向けのマウスピースを新たに開発した。17世紀の楽器は18世紀のものに比べてベルとボアがかなり大きい。これと釣り合いを合わせるためには、カップの大きいマウスピースとそれに続く急激でかつ短い(10mmくらい)円錐部分、それに同じ内径でつながる(あるいは溶接されている)第1ヤードへと繋がっていく部分のバランスが重要なのだ。結果は上々だった。低音域では音は力強く、またクラリーノの高音域では鈴のようなファルセットの音色が得られた。この実績に意を強くしてさらに研究をすすめているところだ。
これらの要素、すなわちリム、カップ、スロート、バックボア、などはすべてモダンよりも大きく、これが気品のある音色を作り出す基になっている。バロックトランペットをモダンのマウスピースで吹いても多分鋭い音になってしまって、こうした音質は決して得られない。

【音を作り出す要素】

音を作り出す要素を考えてみると、奏者自身がアコースティックな楽器の一部分を構成しているといえる。つまり音の送出部分(ジェネレーター)、振動部分(ヴァイブレーター)、そして共鳴部分(レゾネーター)のすべてを奏者が担っているというとらえ方だ。

送出部分(ジェネレーター)というのはここでは空気を送り出す肺の筋肉のことを意味する。空気の圧力がバランスすることによってすべての音域において良い音色と安定した音程が得られ、また同時に音域の跳躍時の柔軟性も得ることができる。

振動部分(ヴァイブレーター)とは唇、顔の筋肉(アンブシュア)、口の内部の口腔および舌の筋肉から構成される。上下の唇のバランスはマウスピースが大きいだけにより重要になってくる。

共鳴部分(レゾネーター)はこの場合人間の体そのもののことである。現代のトランペット教育ではあまり取り上げられないし、それを活用する練習というものも開発されてはいないが、私はこれはよい音質と音程を得る為のキーポイントではないかと思っている。これを実感するには、歌手の真似をしてナチュラルトランペットを吹いてみるといい。これに気がつけばモダン楽器の奏者であれ孔付きの楽器の奏者であれ、よりいい奏者になれる。もしこのテクニックを使わないのであれば孔なしの楽器で難しいレパートリーを吹きこなすのは無理だと思う。

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