年内最後の演奏会も終わったので(仕事はあと2日あるけど)今年の総括をしようかなと。
過去の日記を見て思ったけど、これ(総括)って人様に報告するというよりはむしろ自分の記録って意味合いの方が強いみたい。ともあれ、いってみよう
1月
何と言っても神奈川県立音楽堂でのオルフェオ2回公演(アントネッロ)。トランペットにもかかわらず音程に悩まされる。何がいけなかったんだろうって後から考えてみるにきっとオーバーブロウ気味だったのが原因なんじゃないかと思い至る。下旬にバロックトランペットショップのバリー・ボーゲスさんと知古を得る。
2月
生まれて初めて能を鑑賞する。こういう伝統芸能ってやはり完成された形なんだろうけど、能舞台にしろ、演者の所作にしろ「なんでこうなっているんだろう?」と不思議なことがいっぱいあって面白かった。1月にボーゲスさんから見せてもらったキイトランペットに興味が沸きハイデさんから購入した5孔の楽器が21日に到着した。ほとんど衝動買いだな、これは。ともかく日々さらう。演奏会は月末のヴォーチェ公演が1回のみ。アンコールではカテドラルのひな壇の一番上に上がってみて、こんなに眺めが良かったのねということに感動。
そうそう、仕事では入社以来取り組んでいた新システムのプロジェクト第3フェーズが無事船出し最大の山場を越した。これでかなり満足できる体制になった。やれやれ、ほっと一安心。
3月4月
日々さらっていたキイトランペットを心技体道場(発表会)で披露、ハイドンの2楽章を吹く。3月末に今年初めてのバッハ(カンタータ31番、本郷教会)。
5月
スローペースだった今年の演奏活動もようやく動き出した月。昨年に続きスプラアンサンブルでカンタータの70番、小淵沢で源造さんたちとテレマンのコンチェルト、明治学院でカンタータ68番と本番が3回。その間隙を縫うように早稲田ビジネススクールでの講座が始まる。ちょっと精神的に多忙。
6月7月
6月に逗子でカンタータ(29番と120番)、7月は本郷教会(10番)、8月初にカンタータムジカTokyo(147番)とバッハが続く。7月には入社以来初の出張でNYへ。3月のベア・スターンズショックの余韻はあったとは言え、この頃はまだ良かった。あの時点では秋口以降ここまで悪くなろうとはさすがに誰も思わなかったのではなかろうか。
8月
夏枯れ。本郷教会サマーコンサート。
9月
来日するマドゥーフ氏を囲んでなにか集まりができないか画策するがうまくスケジュール合わず。結局10月も無理だったし、残念。
ならばと田舎に帰って福岡古楽音楽祭でブランデンブルクと管弦楽組曲の全曲を鑑賞。贅沢なコンサートだった。福岡の公演だけっていうのはもったいない。東京に帰って来たらいきなりリーマンが逝ってしまった。それからのひどいマーケット。今年は最悪だね。演奏会出番はカテドラルでシュッツのダヴィデ詩編全曲。またまたひな壇最上段に上がる。
10月
所属するオケ(OPT)の演奏会第7回目、初めての団体(アンサンブル・バッハ)でのロ短調ミサ、いつもお手伝いしているバッハ・カンタータ・アンサンブルとのカンタータ(181番など)のほか、コンセール・スピリチュエルのコンサートを聴きにいくなど音楽的には充実した月。その反面マーケットはひどい状態が続く。まさかGSとかモルスタがカウンターパーティとしてどうなの?って疑問視されるような日が来るとは思わなんだ。
11月
秋のコンサートシーズンにもかかわらず本番は一つもなし。むしろ鑑賞の日々。リハも少ないしと思って入れていたシンガポール出張は都合でキャンセルということに。外資のリストラの嵐がすごいことになってきている。
12月
前月ヒマだった反動か、師走にはコンサート4つと立て込んだ。演目も初期バロックから古典派までバラエティに富んでいてかつどれも印象深かった。月初のモツレク(MAT)はこの曲の自己ベストだったが、気が緩んだのか明治学院のヴェスプロでは唇の炎症でいつものアンブシュアでは吹けず、窮余の一策でセンター吹き。そのリベンジは本郷教会のシュッツで果たすことができ、来年に持ち越さなくて良かった。そして本年〆の演奏会は逗子での63番、110番。いい演奏で締めくくることできたんじゃないかな。ラッパ隊としての響きのまとまりという点でもこのコンサートを今年の演奏のベストということにしよう。
というわけで本番の回数を数えると20回、おかげさまで今年も充実した演奏活動ができた。バッハも多かったし満足。来年は年明け早々から自分にとっては重要なコンサートの目白押し。今から待ち遠しい。しかしながら仕事を取り巻く環境は厳しさを増す一方。さらに悪くなるのか、どの程度我慢の日が続くのか、はたまたV字回復するのか、皆目見当がつかない。