昨日気づいたこと
昨日再確認したこと。
目の見えない源造さんと演奏するとき、すべては音で伝えなくてはいけない。
曲の開始はザッツを決めるメンバーの呼吸だし、それ以外ではリードをとる楽器のアーティキュレーションや歌い方で回りにどうやりたいかを示すことになる。
僕らのやる音楽は決してメトロノームのようなテンポではない(伸び縮みがある)から、この音で伝えるという作業はとても重要だ。
しかもそれが音楽的でかつ説得力がなくちゃいけない。
どれだけ音楽しているか、これが勝負になるのだ。
説得力があるというのがとても大切で、これさえあれば合う。
どんなに音を伸ばしていても「あ、ここで次の音に移るんだな」というのは絶対に分かるし伝わる、その音が音楽的だとね。
独りよがりはダメ。昔ブラスアンサンブルで無理やりラッパのベルを振って終わりの合図をしたりしたことあるけど、そういうのは全く通用しない。むしろ視覚は邪魔なんだね。
うーむ。勉強になるよ。
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