ハイドン演奏後日談(楽器の持ち方)
ステリハが始まる前にヴィオラのY氏と雑談していて、能のはなしになった。
能は昨年初めて鑑賞したけど、いろいろと所作が決まっているわりには中身は自由(アドリブあり)ということらしい。バロックですねえ。
などという話から、
「いや、実は今回のハイドンにも僕なりの所作があるんですよ」と僕。
「へえ、なんですか?」
「あのね、僕がラッパを片手で掲げて吹いているときは、これはナチュラルトランペットですよ、という合図のつもりなんです」
「そうなんですか、気がつかなかった」
「曲の冒頭はナチュラルだよっていうのを示しておいて、主題からキイトランペットに変貌する。だけど3楽章の最後ではまたナチュラルに戻って終わるんです」
「なるほどねえ、そうなんだ。今度はちゃんと気をつけて見てみます」
というわけで、コンチェルトのなかで正規のナチュラルトランペットの持ち方(片手で楽器を持ち、もう一つの手は腰に充てる、いわゆる仁王立ち牛乳ラッパ飲み体勢)をした部分が何カ所かあった。
演奏会が終了してから、何人もの人から、「あの、片手でラッパを吹くのは格好良かったねえ」と言われる。
それでハタと気がついた。
今のお客さんには片手で吹くのが新鮮に見えるんだろうけど、当時の聴衆にとってはそれが当たり前で、むしろ両手でトランペットを操るのが異端(というか見慣れないこと)だったんだろうなと。
だとすると、楽譜や自然倍音だけの問題ではなくて、これは視覚的にも聴衆を欺くために、あの持ち方をしたのは正解だったんじゃないだろうか。
うーむ。終わっても新たな発見があるもんだ。
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