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2010年7月

2010/07/31

ナチュラルホルン

注文していたCDが入荷したとの連絡があったので都心に出た。

ついでに渋谷の某楽器店にも寄った。
ジーレのナチュラルホルンがあるとのことだったので。

厚かましくも試奏させてもらった。
結構吹きやすくていい感じ。

クルークが4本と半音、全音のアジャスターがついて50ウン万だそうだ。
それが高いのか安いのか判断がつかない。
いや、買いはしませんよ。

それにしてもケースがでかくて重かった。

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2010/07/26

廃校利用

先週の金曜日はChat Noir のライブだった。

その準備で平日夜に行われたリハーサルは、主催者の案内によると旧◯X小学校で行われるとあった。ところが地図で調べてもその小学校の存在を確認することができない。それもそのはず、その小学校は統廃合のあおりを受けて廃校になっていたのだ。でも行ってみるとちゃんと学校の施設はそのまま残っていて、練習は校舎の中の音楽室で行われていた。

なるほど、取り壊すにもそれなりの費用はかかるし、そのまま使える部分は区の施設として貸し出しをするということなんだね。

今日の産經新聞の記事でも取り上げられていた。

それにしても明かりのついていない小学校のトイレや理科室なんかちょっと怖いものがあったりして。ひょっとすると夏は肝試しなんかにも利用できるかもね。

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2010/07/18

山に登る(その6)

頂上にいたのは約1時間で、6時には下山開始。下りはひたすら下りだ。

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須走というのは砂走りが元々の語源なのだろうか、7合目辺りからは延々と砂地を下って行く。一緒に降り始めたK君とAさんはそれこそ駆けるように降りて行ってあっという間に姿が見えなくなった。スキーの要領で若干斜めになりながらストックを上手く使って降りるといいようだ。またその方が一歩一歩踏みしめて降りるよりひざに負担がかからないような気がする。着地に失敗して足首をねんざしないように注意をしつつ慎重に走ってみた。とは言いつつ1回しりもちをついてしまったことをここに告白しておこう。

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下りはあっという間で2時間もしないうちに砂払五合目まで降りてしまった。このころには完全に膝がわらってしまっている。残りの須走口五合目までは素敵な樹林なのだが、足が痛くて歩を進めるのが辛い。そうした中うぐいすなど鳥の鳴き声が気持ちを和ませる。


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8時半に五合目登山口に無事帰還。結局、所要時間10時間で富士山を上り下りしたことになる。自分でもにわかには信じがたいが事実だ。心配していた高山病や眠気も全く問題なかった。加えて天気の良かったこと。実は下りの7合目くらいからガスが出てきて、僕が麓まで降りて来る頃には山はもうすっかり雲に包まれていた。上の方は雨だったんじゃないだろうか。タイミング的にも天候が味方してくれたようだ。


五合目の売店でソフトクリームを買い、会社への土産物などを調達する。同じパーティの仲間たちも順次降りてきてさっそくビールなぞを飲んでくつろいでいる。聞いた話によると数人は具合が悪くなって山頂まで登れなかったらしい。僕が初体験ながら何のトラブルもなく頂上まで行って帰ってこられたのは大成功と言えるだろう。

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数名バスの時刻に間に合わなかったが予告通り定時に出発ということで、行きよりは若干少ない人数を乗せてバスは一路東京へ。当然のことながら車中では爆睡。六本木の出発地点に戻ってきたのは予定通り12時半で、これをもって今回のツアーは無事終了した。

実際にかかった時間をまとめておこう。また登る時の参考になるかもしれない。

19:00 都内集合。バス出発
21:25 五合目近くのコンビニに立寄り
22:00 須走口新五合目着 標高1970m
22:10 記念写真撮影後、登山開始 2000m
23:25 新六合目 2400m(75分)
0:05 本六合目 2700m(40分)
1:05 七合目 2930m(60分)
2:00 本七合目 3200m(55分)
2:45 八合目 3350m(45分)
3:20 本八合目 3400m(35分)
3:50 八合五勺 3450m(30分)
4:10 九合目 3570m(20分)
4:33 日の出
5:00 須走口頂上 3710m(50分)登り所要時間6時間50分
6:00 下山開始
7:05 下山道七合目 2890m(65分)
7:40 砂払五合目 2230m(35分)
8:30 須走口新五合目着(50分)下り所要時間2時間30分
10:00 バス出発
12:30 東京着 

いやあ、充実した体験だった。こういうきっかけでもなければ富士山には登ることなかったと思うので、声を掛けてくれた人たちにはつくづく感謝である。都合がつけばまた来年も行きたいと思う。

(山に登る 完)

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山に登る(その5)〜富士山頂にて

案の定心配は的中した。九合目と山頂の中間地点で日の出時刻を迎えることとなってしまったのだ。まあ、御来光が見えないわけではないし、ほとんど山頂みたいなものだからいいか、と自分を納得させる。

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それにしても真下に広がる雲海が見事だ。雲の海とは良く言ったもので本当に渦潮にしか見えなかったり海原が波打っているように見えたりする。この時点で時刻は4時25分頃。


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いよいよ御来光。みんな山腹に座って鑑賞している。僕もリュックを降ろし座ってその時を待つ。時刻は4時33分。富士登山初回にしてこの天候に恵まれたのは本当にラッキーだったと思う。

日の出を見終わって最後の登攀。20分ほどで山頂に着いた。山頂の山小屋売店の前などは都心もかくやと思われるほどの人ごみ。パーティの仲間らと再会して朝食を食べたり、しばしの休憩。持参したポカリスウェット2本目を丁度飲み干したところだったので下り用に山頂の自動販売機でミネラルウォーターを買う。500円也。しばし頂上を散歩。火口を見ては富士山も昔は活火山だったのだなと妙に納得する。

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山頂についたからには当初の目標を達成せねば。

Img_0210というわけで、吹きましたよ、マーラーの3番。酸素が薄いから吹きにくいのではないかと懸念してたが、そんなことはなかった。それよりも吹きさらし状態で響きが全くなかったことの方が吹いている方には辛かった。ともあれ3楽章のポストホルンソロを吹いてミッションは無事に完了!

あとは下山するだけだ。

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山に登る(その4)〜富士山に登る

7/16(金)富士山登山の当日となった。
ツアーの幹事から聞いていた大まかなスケジュールは次の通り。

19:00 貸し切りバスで東京出発
21:30 須走口五合目登山口に到着
22:00 登山開始
4:33 御来光予定時刻
    須走口五合目に再集合
10:00 帰京バス出発(間に合わなかったら自力で帰ること)
12:30 東京着

帰りはバスに間に合わなかったら自己責任で適当に帰って下さい、というのがすごいというか、やむないというか。

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7時に六本木のオフィス前に集合ということなので、僕は5時過ぎに仕事を終えると一旦フィットネスクラブに行ってサウナとジャクジーでリフレッシュしてから集合場所へ向かった。ツアーは外国人も交えた総勢30数名のにぎやかな集団である。これから登山ということでバスの車中は意気軒昂だが、これから徹夜で登山することを考えるとバスの移動時間は貴重な睡眠時間。じきに車中が暗くなって2時間ほどまどろむ。

Img_0150御殿場経由で途中コンビニに寄り、飲み物など最後の買い物をして時刻通り須走口五合目に到着。まずは登山前に集合写真を撮った。無事に全員登山に成功しますように。(前列中央に手をついて座っている黒装束の外国人がこのツアーの仕掛人かつリーダーのオリヴィエ。フランス人。なんとわざわざ香港からの参加だ)


Img_0151_210時20分過ぎに古御嶽神社を過ぎて山登り開始。それぞれのペースで登るので30数人いたパーティはあっというまに数人ずつのグループに別れた。僕はしばらく最後尾グループで会社同僚のK君とゆっくりと登る。なにしろ高山病になっては元も子もないので最初はともかくスローペースで、ときどきは深呼吸などしながらこの高さと空気の薄さに慣れることが大事だろうと思ったのだ。


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幸い天気は晴れ。月もかなり欠けていたので夜空は満点の星。持ち合わせたデジカメでは星空がうまく撮れなかったのが残念だ。40分ごとくらいに休憩を挟みつつマイペースで登るうち、K君はしびれを切らしたのか先に行ってしまったので7合目以降は基本的に1人となってしまった。水や食料(ドイツ製のパワーバーを齧るのが丁度最適だった)をこまめに取ること、深呼吸をしながら体に酸素を送ることに留意しながらひたすら登る。汗をかくのでそれほど寒くはなかったがさすがに7合目あたりから寒くなってジャケットを出して羽織った。ただ寒さ対策で買っておいたフリースの出番は最後までなかった。雨風で体感温度は相当に違うのだろう。今回は特に風もなかったのが良かったようだ。


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八合目まで来ると下界の明かりもかなり遠くに見える。山の斜面には雪が残っている。その先の山の稜線を見ると空の様子があたかも飛行機の窓から外を眺めたような感じで幻想的だ。
八合目で吉田口登山道と合流するため、上に登るにつれて徐々に人が増えて来た。上にあがればあがるほど渋滞がひどくなって早く行こうにも思うようなペースで進むのが難しくなってくる。この辺りからひょっとすると日の出前に山頂に到達するのは難しいのではないかと思われ始めた。しまった、ちょっとゆっくり登りすぎたか。

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山に登る(その3)

道具は揃った。

でもいきなり新品グッズで富士登山は無謀だろう。ちょっとは靴も履きならしておかないと。

とは思ったものの、あいにくの梅雨時期、連日雨である。もちろん雨が降っていてこそレインウェアの使い勝手なども込みで演習を強行するというのも有りとは思うけれど、全くの山登り初心者、せっかく山に行くなら天気のいい日がいいに決まっている。
そうやって逡巡していた週末、7/10の土曜日の朝。起きてみたら昨日までの雨がウソのようにどこかに行ってしまってピーカンの青空。これは予行演習をするしかないべ、と思い立って急遽高尾山に行くことにした。

Photo_2朝6時半に家を出たが、さすがに東京横断は時間がかかる。高尾山口に着いたのは8時半。高尾山そのものも初めて登るので、どのコースにしようか立て看板を見ながらしばし迷うが、とりあえず一番外側の稲荷山コースを選ぶこととした。

一番の目的はトレッキングシューズに慣れることだったのだが、30分も歩かないうちにくるぶしの外側が最初は右足、それから左足という風にどちらも痛くなってきた。どうやら足のくるぶしの血管が浮き出ている部分を足首まで包みこむ靴が圧迫しているため血が通わなくなって痛くなってきたようだ。さっそく友人の勧めで山岳用品店で買っておいたリガード(皮膚の保護パッド)を貼ってみる。効果抜群、その後は痛みが和らいだ。


Photo_3稲荷山コースは途中眺めも良く、気持ちよく登ることができた。ステッキも2本使用して買う時に店員さんが指導してくれた通り手首のスナップを利用しながら順調に進む。山頂には70分ほどで着いた。

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頂上からは富士山もクリアに見えた。
(よし、来週はあそこのてっぺんだぞ)と思うと意欲と闘志が湧いて来る。

一旦山を降りたところでお昼時になったので高尾山口駅近くのお蕎麦屋さんで昼食。とろろ蕎麦が美味しかった。

午後は別ルート(3号路)でもう一度頂上まで登ることにした。結局この日は2号路や6号路、といろんなルートを試し(吊り橋のある4号路は残念ながら閉鎖中だったが)、最後に上のビアガーデンでビールを飲んだあと1号路をのんびりと下ってきて終了。

高尾山2往復でとりあえず予行演習は完了、と勝手に自己満足にひたる。

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山に登る(その2)

富士山に登ると決めた割には準備はほとんど何もしてなかった。

幸い最近は毎朝フィットネスクラブに行って(短い時間ではあるものの)ランニングをしたりして体は動かしている。登山とは言っても毎年何万という人が登っているわけだし、そんなに無茶なコースでもなかろう。と楽観的に考えていたせいもある。

とは言うものの、とりあえず登山に必要な物は揃えないといけない。僕に登山の声を掛けてくれた仲の良いトレーダーAさん(もう何回かこのツアーに参加済)に電話して必要品を買いそろえる買い物に付き合ってもらった。

一緒に行ったのは神保町にある登山専門店。やっぱりこういう慣れないことは経験者や専門家の意見に素直に従うに限る。登山用品は一つ一つが高くて必要品を揃えるだけで数万円かかる。でも(山に行ってみて)靴にしろ、ウェアにしろ、それなりの品を装備するのが大事だなと痛感した。それからスパッツやストックなどこまごまとしたアイテムも。

これが富士登山の2週間前のこと。

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山に登る(その1)

きっかけは今年5月頃の某社のセミナーだった。

その会社のトレーディングチームではこの数年有志で夏に富士山登山をしているという話は以前から聞いていた。しかも平日金曜夜出発で土曜の昼には東京に戻って来るという強行スケジュールということも。

「今年は中村さんも参加しませんか?」
とのお誘いに、いやいやとんでもないだろうと断ってみたものの、

「そうだ、山頂で中村さんのトランペットを聞いてみたいです」
と畳み掛けられ、

(そうか、富士山の上で楽器を吹くというのは気持ちいいかも)と、ふと思ってしまったとたんに気持ちが大きく傾いてしまった。

トランペットはさすがに荷物になってしまうけれど、小振りのポストホルンならリュックに入るかもしれない。ならば吹く曲は当然あれしかない。マーラーの交響曲第3番第3楽章のポストホルンソロ。

(よし、山頂でマーラーを吹こう)

単にそういう不純な動機で「では参加してもいいですか?」という成り行きになったのだった。

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2010/07/03

ラッパ吹きとホルン吹き

明らかに性格が違うよね。

小4のとき、最初はホルンが吹きたかった。良くある兄貴の影響。中学校のブラバンに入ってホルンをあてがわれたらしい。時折家に持って帰る学校の楽器(確かそのときはメロフォンではなかったか)を見て、触らせてもらって、憧れたってわけだ。

自分も中学生になったらブラバンに入ってホルン吹くんだい。でもその3年間は待ち遠しかった。かといってすぐ楽器が買えるような裕福な家でもない。金管楽器がないのなら代わりに訓練だと思って、やむなく手元にあったリコーダーの頭部管をはずしてリコーダー本体を直接ブーブーとマウスピース代わりに吹き、音程調節を指孔でしながら音出しして楽しんだ。そんな期間が1年以上はあっただろうか。


〜それが時を経て今はコルネット(ツィンク)吹きになったというわけで〜


いやいや、話が横道にそれた。

兄貴は中学、高校、大学とずっとホルンを吹いていた。社会人になってから途中中断はあったものの今でもホルンは吹いているらしい。

自分はといえば、結局楽器欲しさが我慢できなくて小5のときにトランペットを入手した。本当はホルンが欲しかったのだが、高かったから一番安いトランペットで妥協したというわけだった。そしてそのままトランペット一筋の人生となってしまった。

あのとき我慢して初心を貫いてホルンを選んでいたら、今頃はずいぶんと異なった性格形成がなされていたに違いないと思うのだが。

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カンタータ24番

今年はどうも難曲に巡り合わせの年らしくて今日の24番もその一つ。
これは当時どんな楽器で演奏したんだろうか。ナチュラルトランペットで吹くには自然倍音以外の音はたくさん出てくるし、それをスライドで処理しようにもテンポが速くて不可能に近い。BCJ(島田さん)のCDの演奏はスライド付きナチュラルだと思うんだけど、見事なものだ。

というわけで今日の本郷教会での演奏では普通のトランペット(バックのB管)を使うことにした。先日の練習では慣れないピストンに指使いがこんがらがって困った。やっぱ普段からさらっておかないとダメだね。

普段からさらうといえば、コルネットも吹いておかないと。
いよいよ廃業になってしまう。

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