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2011年9月

2011/09/30

ロ短調ミサ本番終了

素晴らしい演奏会だった。

何と言ってもカテドラルの雰囲気と音響がこの曲に合っているということもあるのだけれど、会場は超満員で、演奏する我々も否が応でも張り切らざるを得ないし、またその結果演奏も集中した良い出来で素晴らしかった。

ソリストに迎えたフォンテベルデの人達のすばらしさは無論のこと(特に上杉氏のAgnus Dei はいつ聴いても絶品)、オケは信頼するMATだし、合唱の学生たち(一部OBOGも入っていたようだが)も若さや力任せ一辺倒ではない好感の持てる力演だった。

それから昨年も感じたことだけれど、なんといってもマエストロ白石氏の度量の大きさというか、懐の深さというか、それに乗せられてと言うか甘えさせてもらってこちらは気持ちよく吹かされたという感じがする。

自分に関して言うと、やっぱりちゃんと食べて、たっぷり息を吸って、しっかりお腹でサポートして、肩から上はリラックスして、頭は音楽に集中して、あとはラッパを吹く。これに尽きるね。

(以下自分向けの備忘録)
良かったところ
7. Gratias agimus tibi と27. Dona nobis pacem がきれいに歌えたこと

うれしかったところ
5. Et in terra pax の60小節目が決まったこと
全般を通じて3和音の決まるところが増えたこと

悔やまれるところ
5. Et in terra paxの57小節目と70小節目
12. Cum Sancto Spiritu の117小節目
14. Et resurrexit の111小節目
21. Et exspecto の39小節目
23. Osanna の112小節目。。。などなど多数

いつもはグロリアで調子が出ず、クレドの途中から立ち直って元気になっていくパターンなんだけれど、今回は最初の滑り出しがまあまあだったので後半に気が緩んだ(わけではないと信じるが)という逆シナリオだったみたい。

それでも終演後にVnのSN氏から素晴らしかったと褒められたときは素直にうれしかったな。

終演後のレセプションで快飲!

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2011/09/19

課題終了

やっと読み終わった。

半藤一利:「昭和史1926-1945」
     「昭和史 戦後篇1945-1989」(平凡社ライブラリー)

本来は8月中に読み終わろうと思っていたのだけれど、ここまでずれこんだ理由は2つ。一つは戦後篇になってから政治談義が増えてきたこと。この人はジャーナリストだったからなのか、政治の話、しかもどの首相がどうだったとか権力抗争がどうこうとかの話になると筆が滑るというのか、当方はあまり面白く読めなかったこと。もう一つはこの本のせいではないんだけれど、途中から別の小説を平行して読み始めたこと。これについてはあとで触れよう。

読み終わって改めて戦前の日本についてあまりに知らなかったなあと痛感。それからいくら歴史に学んでもやっぱり変わらないものは変わらないものだってこと。
戦前篇の最後に戦争へ突入していった歴史の反省点がいくつかまとめてある(503頁以降)。曰く、
1. 国民的熱狂を作ってはいけない。その国民的熱狂に流されてしまってはいけない
2. 最大の危機において日本人は抽象的な観念論を非常に好み、具体的な理性的な方法論を全く検討しようとしない
3. 日本型のタコツボ社会における小集団主義の弊害がある
4. 国際社会のなかの日本の位置づけを客観的に把握していなかった
5. 何かことが起こった時に、対症療法的な、すぐに成果を求める短兵急な発想がある

これらはなにも戦前に限ったことではなく、今でも通用する耳の痛い警告だ。なにしろ「起こって困るようなことは起こらないことにする」という発想がいけないのは最近の例を引くまでもない。

というわけで、次に平行して読んでいた小説のことを書こう。

真山仁:「ベイジン」(幻冬社文庫)

この人の小説では「ハゲタカ」の方が有名かもしれない。北京オリンピックを控えた中国を舞台に原子力発電所の建設を巡るドラマを描いたこの小説が2008年に書かれていたとはすごい。いや、すごいというより、「なんだ、原発はこういう決定的なウィークポイントがあるんだね」ということが小説家ですらわかっていたんだ、ということ。ましてや専門家をや。想定外でもなんでもないんだよね。

なぜ中国を舞台に書いたのか、という質問にこの作家は「日本を舞台にしたら差し障りがあるから書けない」と答えたとも聞いた。中国だから虚構として描けるということなんだそうだ。こういう風に警鐘を鳴らすやり方もあるんだね。
一方、原子力発電所がいかに精巧緻密なものなのかについても勉強になった。どこまで正確なのかはわからないけれど。
ちなみに中国で合弁事業をやるとどういう問題に直面するのか併せて分かったこともあり、いろんな意味で勉強になった。

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2011/09/11

演奏会のお知らせ(9/28)

自分にとっては今年3回目の大曲です。

【中央大学混声合唱団第48回定期演奏会】

日時:2011年9月28日(水)午後6時半開演
場所:東京カテドラル聖マリア大聖堂
曲目:J.S.バッハ ミサ曲ロ短調 全曲
指揮:白石卓也
独唱:星川美保子、鈴木美登里、上杉清仁、谷口洋介、浦野智行
合唱:中央大学音楽研究会混声合唱団
オケ:モーツァルト・アカデミー・トウキョウ(MAT)
入場料:2,000円(全自由席)

オーケストラは古楽器使用、トランペットは3本ともエッガー製のバロック・トランペットの予定です。

こちらの合唱団とは昨年メサイアで初めて共演しました。さすがに声も若くてエネルギーに溢れています。去年は1つ孔ナチュラルでTrumpet shall soundのソロを気持ち良く吹かせてもらいました。またいい演奏で今年3回目のロ短調ミサを締めくくりたいと思います。

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アントネッロ第6回定期公演

上野にアントネッロの定期公演を聴きに行く(9/11 東京文化会館小ホール)

回を重ねて6回目の今日は中世音楽でイスタンピッタ(英語で言うとエスタンピーかな)、アントネッロお得意の中世ダンスミュージック。

メンバーが豪華。アントネッロのメンバー3人+常連の矢野さんに加えてリュートの高本さん、パーカッションの田島さん濱元さんの2名、それにカリストで共演した歌姫の澤村さんと踊りの蜜月さん。全部で9名。

中世ものを専門にする音楽団体って世の中にどれくらいあるのか知らないけど、アントネッロの中世器楽は他の追従を許さない一級品だと思う。音楽に対する愛に溢れているよね。

生き生きとした血の通う音楽を聴きながら、このイスタンピッタやバッラータって伊福部音楽にも通じるものあるよなあ、となんの脈絡もなく思ってしまった。なんとなくね。

それで、今日の主役はタンバリン(タンブーラ)の田島さん。コンサートの途中、イタリアのいろんな地方のタンバリンの紹介とその叩き方の説明・実演があったのだが、その楽しいこと、技の素晴らしいこと。

いつものことではあるけれど、幸せな気分で会場を後にした。

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