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2012年5月

2012/05/20

濃い時間

夜中に目が覚めて眠れなくなったのでゴソゴソと過去の音源整理とかを始めてしまった。
とりあえず前からやらなきゃと思っていた10年ほど前の小国コルネットセミナーの音源。なにぶんMD時代なのでまずはmp3のファイルに変換する必要あり。80年代90年代のカセットテープ時代の録音に比べるとまだましだけれど、それなりの手間はかかる。

ちなみに小国のセミナーについて簡単に説明を。
1999年に九州在住のアントネッロ門下の人たちの発案で、熊本の小国にある研修施設でコルネットに特化した合宿をしようと始められたもので、以降6年間、毎年3月の春分の日に近い週末に2泊3日で開かれたイベントだった。名称はコルネットセミナーだったけれど、年を追うごとに講師陣が充実して3回目以降からは結局チェンバロ、ガンバ、うた、さらにリュートありのいわばアントネッロ門下生のための合宿のさまを呈するようになった。なので僕らも後半では「なかなかや」としてアンサンブルで参加するようにしていた。

レッスンの模様、受講生による発表会、講師陣によるレクチャーや模範コンサートなど手元に残った音源はMDで30数本もあり、全部を聴き返してると大変な時間が必要だ。とりあえず自分が参加した演奏と講師陣コンサート、それにレッスンの模様などをつまみ聴きしながらファイルを作る。

しかしなんだね、研修所の他には杉の木と鳥とカエルしかないようなところにみんなが缶詰状態になって、ひたすら初期バロックにいかに取り組むか、と格闘していた時間は、今になって思うと非常に濃密なときだったんだなということをしみじみと感じる音がそこにあった。

懐古趣味ともとられかねないけど、そうじゃなくて、そういう濃い時間をいかに積み重ねていくか、が人生をどれだけ豊かにするか、ということにつながるんじゃないかと思った次第。なんかうかうかと無駄に時を過ごしてちゃいけないよね。自戒の意味を込めてそう思った。

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2012/05/16

iPod交換

合宿こぼれ話

GWの古楽合宿の帰り、長野新幹線の自由席に空席をみつけて師匠と通路を挟んで並んで座ることができた。会話をする訳にもいかず、東京までの時間、音楽でも聴こうとiPodを取り出していたら、師匠が「ちょっと交換しよう」と荷物の中から彼のiPodを差し出してこられた。
「えっ?」と一瞬とまどったものの、何が入っているのか判らないのが面白い、ということらしい。

しかし自分のには一般のCDの他に、自分のライブ演奏が結構入っている。聴かれて困るものはないが、恥ずかしいものはある。とはいえ師匠からの提案を断るわけにもいかず、交換に応じることに。

手に取って扱ってみると確かに人のiPodって自分のと全然構成が違って迷路に分け入ったような戸惑いを覚える。師匠のにはーこれは企業秘密なんだろうなあー演奏会向けに準備されたと思われるプログラミングのシミュレーションやカラオケ練習用のオスティナートMMOが組み込まれていて、ほう、アントネッロのNY公演はこういうプロだったのか、などわかって面白かった。

先に下車する師匠が「なかなか面白かったよ」と言って僕のを返してくれた。
いったい何を聴かれてしまったのか、それがちょっと気になる。

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2012/05/15

モダンな演奏会終了

直前の入院騒ぎで出演が危ぶまれたコンサート、結局一部をピンチヒッター(北さん)にお願いして無事終了。

僕としては入院生活がいつまで続くか見当がつかなかったGW前半に、とりあえずラストチャンスの6日のゲネプロまでには代役を立てないと最悪いきなり本番ぶっつけでお願いすることになる、と思い団に連絡したところ、北さんに白羽の矢がたったという経緯だった。

北さんならピッコロの名手だし、66番は安心してお願いできる。しかも急遽スケジュールの無理をお願いして本番に備えてくれるということだったので、GW途中に退院して自分もコンサートに出ることが可能になったとはいえ、一旦お願いした代役に吹いてもらうつもりでいた。
ところが、本番の数日前に出番について北さんから相談があり、結局曲を分け合って吹くことになったのだった。

これは結果として良かったんじゃないかな、いろんな意味で。

スタミナの問題、練習時間の問題、お呼びしたお客さんのこと、などなど。
唯一迷惑をかけたとしたら団に余分なギャラが発生したことかな。

66番については、自分は既に鎌倉と本郷教会で演奏もしているし、吹くなら(一度はモダンも検討したけど)やっぱりバロックだなと思っていたし、だとすると持ち買え(プログラムの直前は162番でポストホルンを吹いている)直後の切り替えが難しいのと、スタミナの問題でとても満足のいく演奏はできなかっただろうと思う。あと直前の練習不足は否めなかったということもあるし。

5番と162番はバスのアリアのオブリガートという役割で、バスは春日さんでもあり、まだコンサートで演奏したことのない曲だったので、できれば吹きたいという気持ちが叶えられて良かった。本番のステージで、ソロが終わった春日さんが僕の脇をすり抜けてコーラス席に戻る時に「良かったね!」っていう感じでウィンクしてくれたのが嬉しかったね。

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終曲の66番は北さんのピッコロが映えた仕上がりとなった。ちょっと場を支配しすぎ?っていう趣もなくはなかったけど、弦の人数も多いし、オーボエも目一杯吹いているし、あれくらいでちょうどいいのかもね。

最前列に陣取ってかぶりつきで聴いてくれたMさんが写真をとってくれた。しかもその隣は北さんのご両親。お母さんにお会いするのは30数年ぶりだった。これもサプライズ。

いろいろご迷惑をおかけしたけれど、北さんにも喜んでもらえ、いい形で終了することができて良かった。

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2012/05/13

礼服続き

2日続けての礼服。
昨日は法事、今日は演奏会本番。

結局一度は辞退した演奏会に復活出演することになった。ただ出番の曲数は減ってカンタータの5番と162番の2曲。

入院騒ぎで何かと多方面にご迷惑をおかけして申し訳ない。
でも楽しみにしていたバリトンの春日さんとのコラボが復活して嬉しい限り。

さて、これからステリハに向かうところ。

礼服は僕らの場合、冠婚葬祭よりも演奏会で使う回数の方が圧倒的に多いよね。ステージは照明などで温度が高いことも多いし、そもそも演奏で汗をかくからなるべく薄めの礼服を選んで買うことにしている。今日は楽器も多いし着替えも荷物になるので礼服を着たままでのお出かけ。
爽やかなこの季節だとまだ大丈夫だね。来月はもう無理かな。

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2012/05/12

50年ぶり

辻仁成の「右岸」に自分が入学した福岡の西高宮小学校が出てくることは以前の日記に書いた。
グーグル地図で探っていて、その近くに僕が卒園した幼稚園がまだ存在するのを発見したのはその時のこと。

今日、法事で帰省したついでにその辺りを訪れてみようと思い、実家に帰る途中に寄ることにした。

天神から西鉄電車に乗り換えて平尾で下車、まず幼稚園を探す。園はわかりやすいところにあり、すぐ見つけることができた。
ただ流石に幼稚園児の時の記憶は淡すぎて園の佇まいにも周りの環境にも思い出につながるものはない。。半世紀前のことだもの、無理はないね。

しばし正門、裏門で写真を撮る怪しい人に変身。

門のところにあった案内板によると今の教育法はモンテッソーリらしい。昭和30年代は普通のキリスト教系幼稚園だったと思うが。

だんだん暗くなってきた。線路を挟んで駅の反対側の小学校まで足を伸ばしてみる。学校に着くころにはもうだいぶ日が暮れて携帯では写真も撮れなくなった。

こちらは一週間しか在籍しなかった学校だし、なんの記憶も残っていない。
正面玄関に佇んでいたら校舎から出てきた児童たちに挨拶された。
さて、学校は確かめたことだし不審な行動はやめて帰るとするか。


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2012/05/07

信州アーリー・ミュージック音楽村(GW後半)

5/3にははれて退院。久しぶりに自宅に帰る。諦めていた古楽合宿に途中から参加しようと画策、行っても行かなくても参加費用が戻って来ないのなら行った方がいいよね、というせこい考えもあったりして。

退院の翌日に朝の新幹線で信州に向かう。幸い自由席でも座れてラッキーだった。いい天気でローカルバスから見る千曲川の景色に目も心もリフレッシュしてホントに来て良かったなあと思う。合宿所に着いたらまりえさんが(誇張じゃなく)涙を流して喜んでくれた。懐かしい人たちと再会。中には数年ぶりに会う人も。

実はコルネットについてはこの数年ちゃんと吹いてなかったのでGW前半に集中してさらってから合宿に来ようと思っていたのだけれど、緊急入院のためそれも叶わず、合宿でいきなりのリハビリになってしまった。管楽器クラスの課題曲、ベルガマスカが懐かしい。

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天気も眺めも良かったし、みんなとの演奏も楽しかったし、最後のバンケットでは生演奏をバックに芝生で簡単なバロックダンスも踊って音楽村を満喫した。

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師匠とゆっくり対話できたのもすごくありがたかった。行って良かった。

5/5に帰京、GW最後の日は洗濯したり散歩したりの調整日。

なんかGW前半と後半でまるで違うので我ながら同一人物の日記と思い難いね。


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2012/05/02

緊急入院(GW前半)

4/27(金)
仕事終わって帰宅途中からみぞおちのあたりに痛みを覚える。そういえばその朝も起きたときちょっと胸が痛かったのだった。前日飲み過ぎたわけでもなし、食あたりをした覚えもない。日中は大丈夫だったのだが、不審に思いながらも徐々に痛みが増す。
胃薬を飲んでも治まらないので意を決して夜の10時くらいに緊急もやっている近くの病院に歩いて行く。ただそこでは検査ができないから東京医療センターに行くように勧められタクシーで移動。採血とか心電図とかレントゲン、終いにはCT検査までされて、恐らく胆石が胆管に入ったのだろうという診断でそのまま入院を宣告されたのが深夜1時ころのことだった。着の身着のまま来ていきなり点滴生活に突入。

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4/28(土)
朝、緊急病棟から消化器科の病棟へ移される。一晩経ったら胸の痛みはだいぶ治まった。
入院したはいいがその後の予定がどのようになるのか、見当もつかない。あいにくGW突入で病院も休日体制、いろんな機能が正常化するには平日の5/1まで待たないといけないらしい。とりあえず会社の人たちにしばらく出社できそうもないことをメールし、泣く泣くGW後半に参加する予定だった信州での古楽合宿のキャンセルを申し入れる。ついてない。

4/29(日)
4/30(祝)
ひたすらヒマ。検査もなし、点滴のみの生活。何も口を通ってないのにおなかも空かず、のども乾かないのが不思議。
体重が約3kg減った。新聞をくまなく読む。
唯一の和みどきは看護士さんがやってくれるシャンプータイムという暮らし。

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(外はいい天気、新緑の季節なのに・・)


5/1(火)
エコー検査の結果、どうやら懸念された総胆管結石ではなさそうと担当のK医師。ただ胆のうの結石は大きいし再発の可能性があるのでこれは腹腔鏡で摘出しましょうという結論になる。外科手術になるのでそのための検査を翌日行うこととなった。

5/2(水)
内視鏡(やっぱりオリンパス製だった)、CT(こちらは東芝製)、心肺機能の検査などなど。
痛みも再発せず、5/3に一旦退院して後日改めて手術のために再入院することになった。
それから脂質を制限するための栄養指導を受ける。1日摂取する脂質の量を20g以下にしろとのお達し。目安一食5gに抑えようとするといろんなメニューを諦めざるをえない。手術を受けるまでの食事管理が大変そうだ。

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(この建物の左棟7階に幽閉されていた)


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