ナチュラルトランペット吹きによる座談会(その2)
司会:メーカーは良くなっていると思いますか。皆さんが望むものに近くなっていますか?
ET:昔と同じくらい良い楽器を作れるメーカーが今はあるね。もちろん僕らが昔の楽器を吹いても現代人には昔の人たちが聴いたのとは違って聴こえると思うんだけど。というのも理由が2つあって、1つにはワーグナーやシュトラウスやストラヴィンスキーなどを聴いてしまっている我々の耳が変わったということがあるし、もう1つは金属の構造が変化しているということがある。経年変化で金属のヒビが広がって深みのない音になっていると思う。だから例えば、1732年にはトランペットはこう響いたんだ、ということが言えなくなっている。でも少なくとも歴史的な楽器を試してみることで、何が良い楽器で何が良くない楽器なのかということのヒントは得られると思うよ。楽器を吹いたことのない博物館の人たちには楽器の善し悪しを判断できないと思うし、僕らプレーヤーとしての体験が楽器の品質について何か言えるんじゃないだろうか。
EH:もう一つ疑問に思っているのは、まだ自分自身満足な答えがないんだけど、新品の楽器が半年とか1年すると音が変わるのは果たしていろんなパーツの組み合わせがしっくりくるからなんだろうかということ。楽器の組み立てがゆるやかなのと、モダンの楽器みたいに全部をしっかりとハンダ付けするのとでは出てくる音が全然違うと思う。継ぎ目が変わるとその結果空気の流れ方もいくぶん変わってくる。この点もまだちゃんと調べられてないと思うよ。バークレイの(作った)トランペットなんか良い例だけどしばらく経つと変わってくるんだ。あったまってくると響きは変わるし、6ヶ月使わないでいるとまた違うし。
FT:もちろんしばらく使っていると管の中にさびとかゴミもたまるだろうしね。
FI:北ドイツのオルガンビルダーが言ってたけど、400年とか500年も昔に作られたオルガンでパイプも組み込まれて年数が経っているものは高音域よりも低音域により注意を払うそうだ。低い音のパイプはより重くなるのでまったく違った音になる。これはトランペットにもいえるんじゃないか。昨日マドルフが言っていたように、穴なしの楽器で練習してると楽器の方が変わると。何週間か何ヶ月か経つと、穴なしでも最初の頃よりは吹きやすくなっている。金属が変化したからと言ってもいいかもしれない、金属は死んでないってことだね。
司会:やはりプレーヤーとメーカーの協力が必要そうですね。それにしても学際的になってきていると思いませんか?我々よりも音響学者や金属工学者の方がこうした質問に答えるにはふさわしそうですね。とりあえずそうした研究者でプレーヤーやメーカーに深くかかわっている人は知りませんが、彼らからの情報も必要ですね。
ET:多分この手の質問に答えるのはオーケーだと思うよ。でも楽器メーカーがそこまでの知識を必要とするのかどうかはわからない。ボブ・バークレイが今朝言ってたけど今使われてる70/30の真鍮(70%の銅、30%の亜鉛という意味)は昔の真鍮と同じなんだそうだ。昔の真鍮にはやや不純物が多かったみたいだけど、あんまりそればっかり取り沙汰するのもどうかと思うって。
FH:真鍮の不純率とか鉛のこととかにあんまりこだわり始めると、何がない、あれがないっていって議論が袋小路にはいっちゃうよ。最初からなかったんだし、そんなに違わないって。楽器についてそういう議論を積み重ねていくと、これがこっちにこう影響してとかあれがそっちにこう作用してとかいう話ばっかりになる。一時に一つのことばかり着目するのは危険だし多少のギャップには目をつぶった方がいいと思うよ。
BB:ヤマハがそこらへんの(真鍮を経年変化させる)テストをやってるって聞いたけど。つまりどれくらいがほど良いかを調べて、いかに人工的に早くその状態にもっていけるかっていう。
司会:最近は楽器をすごい低温まで冷やすという方法があるそうですね。話を聞かれたことはありますか?あるいは自分の楽器で試したことがあるとか。
BB:F管トランペットを凍らせたって人を知っているよ。すごく良かったと言ってる。
FI:凍らせたって?
FH:氷点下300度くらいまで冷やすんだ。そしてゆっくりと常温に戻す。ただ単に楽器を冷やした後ベンチに置いておくってわけにはいかない。ある決められたやり方で徐々に温度を上げていく、これはあっためるのと同じで金属の粒子構造をストレスから解放させながら変化させていくってわけ。金属を曲げたり凹みを直したりとか、支柱をハンダ付けしたりするときに支柱の回りの部分の構造は変わるでしょう、なぜならそこだけ柔らかくして他の部分は固いままとかいう状態になるわけだから。でもこのやり方は楽器にハンダ付けの部分があったらできないよ、ハンダが溶けちゃうからね。だから焼きなましはできない。ともかく冷却することで実は焼きなましをしたことと同じ効果が得られるんだ。理論的にはそうして構造変化させるわけだけど。
FI:それは2つの面から見なくちゃいけないね。今どうやって楽器が作られているかということと300年前はどう作られていたかということ。モンケは、僕の住んでいるところから近いんだ、モダントランペットメーカーだけどバロックトランペットも作ってる。モダンの楽器は本当にいいよ、だけどバロックトランペットは、なんていうのかなあ、本当のバロックじゃない。ナチュラルトランペットとしてはいいんだけどバロックトランペットもどきなんだ。これはたいていのメーカーの問題でもある。モダンの楽器で何かの音を吹く時、音は絶対「そこ」に当てなくちゃならない、だけどバロックを吹くときは、良い楽器だったら、音をちょっと変えられる可能性が必要なんだ。これは楽器を作る時に全然別のことが必要ってことでしょう。300年前には300度も冷やすってことは無理だったわけだから、冷やす代わりに熱であっためて処理してたんだよね。それから、僕の知っている限りバロック時代の楽器はハンダ付けしたりとか支柱をつけたりとかはしてなかった。なぜ?できなかったわけじゃないよ。なぜなら当時の宝飾品とかみればその技術があったことは確かだから。でもトランペットにはしなかった。ホルンにはしたのにトランペットにはしなかった。なぜだと思う?
BB:そうねえ、その方が修理しやすいからかな。
FI:うん。でも僕が思うにハンダ付けされたトランペットは「きっちり」しすぎるんだよ。例えばバークレイのトランペットを分解してちょっと緩めに組み立てるとするだろ、そうすると音をベンディングするのが楽になるんだ。つまり演奏しやすくなるというわけ。メーカーはそっちの方向に楽器を作るべきなんじゃないかな。
ET:それは面白い点だね。前にアート・ベネードが僕に言ったことを思い出すなあ。トランペットのベルを凹ませたり、ねじったり、とにかく何かイレギュラーな形にしてごらん、するとプレーヤーに反射して返ってくる音が変わって、ベルが完璧な形のときよりも演奏しやすくなるからって言ってた。
FI:僕の最初の楽器はマインルだったんだけど、D管の時はいつもそれを使ってたんだ。低音域の音程はあんまり良くなかったし結構あちこち傷んだ楽器だったけど、でも完璧に良い楽器だったよ。ロンドンで演奏することがあったときなんか、地下鉄に乗った時に楽器をドアに挟まれたりなんかしたんだけど、そんなこんなで楽器はますます良くなる一方だったよ。
PP:僕が一番吹きやすかったのもマインルなんだ。確かもう20年くらい前の楽器だよね。エド(=タールのこと)が最初にその楽器を僕にくれたとき、手渡ししようとして失敗して楽器が床に落ちてしまったんだ。そのときのベルの凹みはまだ残ってるよ。そのあとその楽器に新しいリードパイプをつけたんだけど、そのリードパイプが若干小さくてクルークのつなぎがかなりゆるゆるになったんだよね。で、それはベンディングをするには最高なんだ。
ET:どんな形であれイレギュラーであることがいいってわけだね。これは現代の楽器とは正反対の指向だよね。
BB:モネットなんかどこも振動しない一つの塊だもんなあ。
FI:それがモダンにはいいんだと思うよ。だけど僕らは全く別のことをしようとしている。例えばモダンで「バッ」って何かの音を吹くときに、それはほんのちょっとでも高くても低くてもいけないし、そうじゃなきゃ良い楽器とは言えない。でもバロックで「バッ」って吹くときはちょっと低かったりわずかに高かったり調整できなきゃいけない。全く別のことを要求される。楽器のかたちが多少似ていて音域がだいたい同じなだけで、両者は完璧に違う楽器なんだ。
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