「これしかないvol.4」講演内容(その2)
(承前)
★1楽章にHaydnが仕組んだ企み
ではこのコンチェルトについて、キイトランペットで演奏するという視点から見てみましょう。
さて、これはコンチェルトの1楽章の楽譜(トランペットソロ)です。ソロの旋律を見てみますとこの新しい楽器の紹介の仕方がいかにも巧みだと唸らされます。つまり、37小節目から始まるこのメロディを見てみると、低音域のドーレーミ、という単純なフレーズで始まりますが、先にご説明したように従来のナチュラルトランペットではドとミしか出せないわけでレの音は不可能な音だったわけですから、初っぱなの3つの音で「これから新しいことが始まりますよ」ということを提示しているとも言える訳です。またそれに続くフレーズは「ドレミファソー、ラシドラソ」と上昇音形で音階を全部いっぺんに提示しています。(譜面のX印は自然倍音以外の音)
その後はひとしきり中音域の音階で滑らかなフレーズを演奏します。自然倍音のみのナチュラルトランペットで音階を吹くためにはこれより一オクターブ上の高い音域を使わざるを得なかったわけですから、如何にこの新しい楽器が画期的かがわかろうというものです。さらに47小節目では半音階も吹かせています。ただこの部分は八分音符であっという間に通り過ぎてしまいますので、もっとはっきり聞かせようということなのか、55小節目からは四分音符でラとソのシャープを往復させます。しかもご丁寧なことに同じフレーズを執拗にもう一回繰り返しています。
このように第1主題でハイドンは実に効果的にこの楽器によって新たにできることを売り込んでくれました。当時の聴衆にとっては最初の出だしの3つの音で「トランペットなのになぜこんなことができるの?」と驚いても不思議ではありません。
さて、ここから先の議論は私の完全な推測なんですが、ハイドンはさらに巧妙な仕掛けをしているように思えます。冒頭ソロトランペットにはちょっとだけ出番があるのです。断片的なフレーズで、これは別になくてもいいような気がします。実際、モーリスアンドレやドクシツェルなど昔の名手の演奏では全く吹かずにすますのが慣例でした。しかしハイドンの自筆譜にはちゃんとこの音符が書かれているのです。これはどういう意味があるのでしょうか。
最初の伸ばしの音についてはあとで触れることにして、13小節目のソロのフレーズをよく見ていただきましょう。
「ソ|レソレファ|ミ」となっていて、実はこれはすべて最初にお話した自然倍音に含まれる音です。つまりこの部分は昔ながらのトランペットの使われ方をしている、しかもーーここが大きなポイントなんですがーーファの音(第11倍音)はナチュラルトランペットならば音程がやや高く外れる音です。もちろんキイを使えば音程を修正することは可能です。
ひょっとするとハイドンは最初にキイトランペットをナチュラル的に吹かせて、聴衆に「なあんだ今までのラッパと変わらないな」と思わせておいて、それから後にでてくるソロの出番のときに初めておもむろに低音域のドレミを吹く、という仕掛けをしたんじゃないでしょうか。だからそれに気づきやすくするためにこのフレーズを2回も吹かせた。そう考えると8小節目の音についても説明がつきます。つまり13小節目からいきなり出てくるのは唐突すぎるので8小節目に音を一つ吹かせてソリストに注目を集めさせた、と思えばつじつまが合いますね。ハイドンの企みがもしそうだとすると、このファの音はキイを使って音程を補正せずに、あえて自然倍音(少し高めの音程)で吹くべきではないかと思います。
またヴィジュアル的に効果を高めるために、この部分は昔ながらのトランペットを吹く姿勢、つまり右の片手で楽器を持ち左手は腰に手を当てて自然倍音で吹く、というのがハイドンとワイディンガーの狙いに沿った演奏法ではないかと思っているのです。
(その3に続く)
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