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2013/12/30

「これしかないvol.4」講演内容(その6)

(承前)

 ♫ フンメルはパクリの天才? ♫

 さて、最後の3楽章になりました。この楽章は3つの部分から成っています。最初はトランペットソロの導入で始まる快活な部分、途中でMinore、つまり短調ということですが、曲想がちょっとメランコリックになる部分があって、そして最後にMaggiore、長調に戻ります。普通であればここは最初に戻って再現部になるところですが、この曲ではそうなっていなくて、今まで出て来なかった行進曲のような旋律が木管とヴァイオリンに登場します。そして第1、第2の部分では主に旋律を吹いていたソロトランペットはどちらかというとオケの合いの手の役目に回ります。

 この第3の部分は実は人の作品の借り物なんですね。同時代のケルビーニという作曲家のオペラ Les deux jounees(邦訳「二日間」)の第2幕の最後の部分をそのまま拝借しています。ケルビーニの楽譜はこちらです。

Les_deux_journees_1

ちなみにどんな音楽か、ちょっと聴きくらべてみましょう。最初にフンメルの曲、次にケルビーニです。ケルビーニについては音源がなかったのでコンピューターに打ち込んでみました。ですので電子音で申し訳ありませんがお聴き下さい。

Hummel 3mov

cherubini

 どうでしょう。似ているどころかそっくりそのまま同じものです。ホ長調という調まで一緒です。現代ならさぞかし盗作、著作権侵害ということで裁判沙汰になるところです。それとも当時は人の作品を拝借するのは普通のことだったのでしょうか。
 そういえばフンメルのこのコンチェルトについては、1楽章の出だしにモーツァルトのハフナーシンフォニーから拝借したフレーズがありますし、2楽章の伴奏部分も同じくモーツァルトのハ長調のピアノコンチェルト21番のアンダンテ楽章と同じパターンです。人からアイデアを借りるのが得意だったんでしょうかね。
 
 このケルビーニのオペラは1800年に作曲されて、パリを皮切りにヨーロッパ中で大ヒットとなり、ウィーンでも1802年に何度も再演された人気のオペラだったそうです。当然当時の聴衆だった上流階級の人びとには耳になじみのメロディーだったのでしょう。 なぜこの曲を借りたのかの理由は判っていません。作曲の時間を省略するためだったのか、あるいは誰かから依頼されて挿入したのか。 私は彼の25歳という若さとこれから社交界に打って出ようかという立場を考えると、コンチェルトの最後にみんなに受けるメロディーをもぐりこませ、聴衆を愉快な気分にさせて印象づけようという魂胆だったんじゃないかと思います。

 ともあれフンメルにとってはある意味機会音楽としての作曲だったのではないかと思われます。その証拠というわけではありませんが、この作品には作品番号がついていませんし、1853年に作成されたフンメルの作品目録にも含まれていません。正式な嫡出子として認知されてなかったってことですね。そして演奏された履歴についても、作曲して以降20世紀に再び発掘されるまでの間、ワイディンガー以外の奏者による演奏はなかったようです。


★2つのコンチェルトとキイトランペットのその後

 最後にこうした経緯で作られた2曲がどのような経過をたどったかについて簡単にお話します。

 ハイドンの曲もフンメルの曲も一旦は忘れられてしまいます。再発掘されたのはどちらも20世紀になってからのことで、ハイドンは1907年にベルギーのトランペット吹きが、フンメルは1958年にボストン交響楽団のアルマンド・ギターラが復刻演奏をしたのが最初で、それ以来トランペットのコンチェルトと言えば古典派はこの2曲しかない、くらいの今の状況になったわけです。

 キイトランペット自体は1820年くらいに開発されたバルブトランペットが1840年頃から普及し始めたのと時を同じくして廃れてしまいました。従って実際にキイトランペットが使われた時期は1790年くらいからの50年間ということで一世代限りの命だったというわけです。今では全く忘れられた存在になってしまいました。
 ただこの楽器とワイディンガーという人がいたおかげで、この2曲のコンチェルトが後世に残ったということです。なんだか歴史の皮肉を感じますね。

(この稿終わり)

参考文献:

Reine Dahlqvist / The Keyed Trumpet and Its Greatest Virtuoso, Anton Weidinger (The Brass Press)

C. Eugéne Roy / Méthode de Trompette ordinaire et Trompette avec Clefs (1824)

Edward H. Tarr / Haydn’s Trumpet Concerto and its Origins (ITG Journal, Sep.1996)

Brian Moore / Haydn’s Trumpet Concerto: The Tempo and Articulation of the Andante movement (ITG Journal, Jan. 2007)

Elisa Koehler / In search of Hummel Perspectives on the Trumpet Concerto of 1803 (ITG Jan. 2003)

Edward H. Tarr / Hummel Concerto, Introduction to the facsimile reprint, historic consideration, analysis, critical commentary and original solo part (The Brass Press)

Stephen de Haan / フンメル トランペット協奏曲ホ長調 スコア解説(Eulenburg/ 全音)
ほか

A B C

(この稿の内容については筆者に責任があり、誤謬や誤解はすべて筆者の責に帰するものです。またこの稿で紹介した曲の解釈やアイデアについては筆者のオリジナルによる部分もありますので無断転載のないようお願いいたします)

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