「これしかないvol.4 ハイドンとフンメル」の講演内容(その1)
12月6日に杉並公会堂小ホールで公演した「これしかないvol.4」〜ハイドンとフンメル、復元楽器で再発見する古典派の2大コンチェルト〜のレクチャー部分を若干修正して掲載します。長いので数回に分けることとしました。
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本日はようこそおいでくださいました。
今聴いていただいたのはハイドンのトランペット協奏曲の第1楽章、最初のテーマの提示部です。クラシックのトランペット奏者にとってはとても大事なレパートリーで、これがないと音大の入学試験もオーケストラの入団オーディションも始まらないくらいの超有名曲です。さきほどは我々が普段見慣れている現代のトランペットで演奏しましたが、このコンサートではこの楽器ではなく、ハイドンが作曲したときに想定していた楽器で演奏いたします。また演奏するだけではなくその楽器についてのお話や、その楽器を使って演奏してみて自分なりに気づいた曲についてのお話をしながら演奏会を進めて行きたいと思います。
★ Keyed Trumpet とはどんな楽器か
♫ トランペットと自然倍音について ♫
さて、まずハイドンの時代のトランペット事情についてお話をしましょう。さきほど演奏したこの楽器、これは現代のトランペットですが、ハイドンの時代のトランペットはこのような形をしていました。
ずいぶんと違う形に見えますが音を出す原理は同じです。ただ楽器の長さ、全長が違うだけです。唇の振動で音を発音し、それを細く長い管で音程のある音とし、最後に朝顔状の出口で音量を増幅する、という極めてシンプルなものです。ここでキーワードとなるのが「自然倍音」という単語です。管をある程度長くするとその中を何回振動するかというその回数の違いによって複数の音を得ることができます。それを低い音から高い音に並べたものが自然倍音列と呼ばれるものです。
(モダントランペットでそれぞれ自然倍音を吹きながら)
一番低い音が基音のド、ペダルトーンともいいます。その次が1オクターブ上のドの音、次に5度上のソ、2オクターブ目のド、ミ、ソと続きます。いわゆるハイBと呼ばれる音は第8倍音ということがわかりますね。
(クラシカルトランペットに持ち替えて)
このハイドン時代のトランペットは管の長さが長くなっています。管が長くなると物理的に出せる倍音の数も多くなってきます。
さて、お聴きいただいたこの自然倍音列は我々の耳には少し調子はずれに聴こえる音があることがお分かりになるでしょうか。つまり、この第7倍音(少し低い)、第11倍音(少し高い)、第13倍音(かなり低い)というのが特徴です。
ハイドンの時代の楽器だとこのように奇数倍音が平均律からかなり外れている、つまりトランペットで平均律に近い音列を出すのは難しい、というのがその当時の常識だったと思って下さい。ここ、今回の話のポイントなんで憶えておいてくださいね。
♫ 音階を吹く試みについて ♫
この自然倍音だと吹ける音が限られています。特に低音域だとドミソなど音と音の間が離れていて、それこそ信号ラッパのようなファンファーレは吹けますが、ドレミと音階を吹くことはできません。従って当時の曲はそうした制約の中で書かれていました。
トランペットの現代までの長い歴史の中で、この自然倍音に限らず、それ以外の音も吹けるように楽器を改良しようとし始めたのが18世紀の後半のことでした。今から約250年前くらいにあたります。試行錯誤でいくつかのアプローチがなされました。
一つは伸び縮みする管をとりつけたスライドトランペットです。
ただし伸ばせる管の長さには限界があるため半音か全音下げるのがやっとで、音階を全部吹くことはできません。
もう一つはストップ奏法と呼ばれるもので、ナチュラルホルンなどでは良く使われますが、ベルの中に手を入れて音程調整をする方法です。手を入れやすくするために巻きを多くして楽器全体をコンパクトにしたりこのように楽器を半月形にしたりなどの工夫がなされました。ちなみにこのトランペットはデミルーントランペットという楽器ですが、デミルーンとは半月のことです。ただし、ハンドストップも音程調節に限界があり完全な半音階は得られません。
そして3つめが楽器に孔を空けて音階を吹けるようにする方法です。リコーダーみたいな原理ですね。孔を指で塞ぐには孔の間隔が広すぎることと孔の大きさが大きいので、現代のサキソフォーンのように、これらの孔は通常は塞いでおき、スプーンのようなキイで開け閉めをする機能をつけました。これが今日の主役のキイトランペットです。
そして最後に発案されたのがバルブ(ピストンやロータリーバルブなど)で管の長さを変えるシステムのもので、これが現在にいたるまで残ったというわけです。
♫ Keyed Trumpet について♫
キイトランペットを誰が発明しいつ頃開発されたのかというのは正確なところは分かっていませんが、1770年頃からドイツやオランダなどの数カ所で同じような試みが始まったようです。
現存するオリジナルのキイトランペットは孔の数が4つか5つくらいついていて、右手で楽器を持ち、左手でキイを操作するタイプが主流です。右手で持つのはナチュラルトランペットの名残だと思われます。ナチュラルトランペットは通常右の片手で楽器を持ち、左手は腰にあてて演奏します。乗馬しながら演奏する場合は馬のたずなを持っていました。イタリアなどでは右手で操作するタイプも使われていて、今日私が使用する楽器も左手持ちの右手操作です。
音を替える原理としては、ベルに近い方から順番に孔を空けるごとに半音ずつ音が上がってくることになります。
楽器全体の調はマウスピースに直結している部分、クルークと呼びますが、ここを差し替えることによって替えることができます。当時の楽器は本体部分がF管もしくはG管のものが多く、E管やEs管、D管などのクルークを用意しておき、曲によって楽器全体の調を変えたというわけです。
これは1824年に出版された教則本の1ページですが、調によってどの孔をあけるのか、フィンガリングが異なったりもします。
♫名手Anton Weidinger とハイドン♫
このキイトランペットの名手だったのがウィーンの宮廷トランペット奏者であったアントン・ワイディンガーです。ワイディンガーは1767年にウィーンに生まれ、若いうちからトランペットの才能を認められ、軍隊でのラッパ吹きを経て25歳のときには宮廷劇場の奏者になっていました。ワイディンガーはハイドンとも交流があり、彼の30歳の結婚式にもハイドンは参加して証人となっています。ワイディンガーはキイトランペットの可能性に目をつけ、友人のハイドンにトランペットコンチェルトの作曲を依頼します。曲が出来上がったのは1796年のことでした。
このコンチェルトの初演は作曲されて4年後の1800年3月、ウィーン、ブルグ劇場での公開演奏会でした。作曲から初演まで年数が経っているのは、ワイディンガー自身のコメントによると「この楽器に改良を加え完璧に近づけるのに7年を要した」ためとありますので、遅くとも1793年辺りからキイトランペットを開発していたことが分かります。
ワイディンガーが初演に使ったトランペットは現存していないので正確には分かりませんが、おそらくこのコンチェルトの調に合わせて変ホ調の楽器で、キイは少なくとも3つは備えていたと思われます。彼自身はこの楽器のことを「organisirte Trompete」--英訳すると「organized Trumpet」、日本語にすれば「組織化されたトランペット」という事ですね----と呼んでいて、この公開コンサートで「初めて公衆の前でこの新しい楽器の真価を問う」意気込みであったようです。
さて、一方作曲したハイドンの状況はその頃どうだったのでしょうか。ハイドンはワイディンガーから作曲依頼を受けた時点で既に60歳を過ぎていて、100を超える交響曲や弦楽四重奏曲など主要な器楽曲は書き終えたのかもう作曲しておらず、もっぱらオラトリオやミサなどの大規模な作品を手がけていた時期です。そのハイドンがまた新たにコンチェルトを書いてみようかと思ったのは、あくまでも想像ではありますが、ワイディンガーの新しい楽器に興味を惹かれたからだと思われます。作曲家として円熟したハイドンが興味本位で作曲したと思われるこのコンチェルトは、従って完成度の高さもさることながらハイドンらしい巧まざるユーモアや仕掛けがあって極めて面白い作品に仕上がっていると思います。
(その2に続く)
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