ロマン派のレパートリー(その2 メンデルスゾーン)
さて、ではメンデルスゾーンの曲を見てみよう。
Felix Mendelssohn (1809-1847)
ご存知、神童にして38歳で夭折した天才作曲家。オペラを含めた管弦楽曲の作曲は早くも1820年(11歳)から始め、晩年は健康を害したため1845年あたりで創作が終了している。先のバルブシステムの開発の歴史と重ね合わせると、ちょうどトランペットが変化する時期に作曲活動をしていたと言えなくもない。
編成にトランペットを含む主な作品を作曲年順に並べると以下の通り。
○ 交響曲 第1番 Op.11(1824)C
○ 序曲「真夏の夜の夢」Op.21(1826)E
○ 序曲「トランペット序曲」 Op.101(1826, 改訂1833)C
○ 序曲「海の静けさと幸ある航海」 Op.27(1828, 改訂1834)D
× 交響曲 第5番「宗教改革」 Op.107(1830)D, Es
○ 序曲「フィンガルの洞窟」 Op.26(1830, 改訂1832)D
× 交響曲 第3番「スコットランド」 Op.56(1831, 改訂1842)C/D
○ ピアノ協奏曲 第1番 Op.25(1831)D
○ 交響曲 第4番「イタリア」 Op.90(1831-33)D/E
△ 序曲「美しいメルジーネの物語」 Op.32(1833)B
○ オラトリオ「聖パウロ」 Op.36(1834-36)H/C/D/Es/F
△ ピアノ協奏曲 第2番 Op.40(1837)D
× 序曲「ルイ・ブラス」 Op.95(1839)C
× 交響曲 第2番「賛歌」Op.52(1840)B/D/Es
○ 行進曲ニ長調 Op.108(1841)D
× 劇音楽「真夏の夜の夢」 Op.61(1842)C/D/E
○ ヴァイオリン協奏曲 Op.64(1844)E
△ オラトリオ「エリア」 Op.70(1845-46)A/B/C/D/Es/E
曲名、作品番号の後のカッコ内が作曲された年、その後のアルファベットは必要とされる調性の管を記載した。
(曲名及び作曲年度、改訂年度については三省堂の「クラシック音楽作品名辞典」に従った)
そして曲名の頭についている○△×は、次の通りの区分である。
○ 従来の古典派と同じ楽器の使用法にとどまるもの。すなわち全て自然倍音で吹けるように作曲してある。
なお、ここでの自然倍音にはシのフラット(第7倍音)とファのナチュラル(第11倍音)を含む。
△ 上記の自然倍音に加えてごく一部それ以外の音を含むもの。
× 自然倍音以外の音をしばしば含むもの。
△と×が多いように見えるが、具体的にパート譜を見るとわかるのだが、基本的にメンデルスゾーンはトランペットを古典派と同様の扱い方にしている。つまり例外部分は意外と少ない。
例外的使用法の△印と×印の曲をより詳しく見てみよう。
△のメルジーネとピアノ協奏曲で使われる自然倍音以外の音はただ1つで、ミ♭(第5倍音の半音下の音)だけである。またエリアでの例外音はシのナチュラル(第8倍音の半音下)の音のみ。これらについてはベルを手でかざすストップ奏法を用いたか、あるいは素早く管を抜いて音を下げることができたインベンション・トランペットを用いたかのどちらかであろう(実際筆者がエリアを演奏した時もインベンション・トランペットで充分対応できた)。
次に×がついている5曲について。
・「宗教改革」ではD管で下の方から、ミ♭(第5倍音の半音下)、ラ(第7倍音の半音下)、シのナチュラル、レ♭(第9倍音の半音下)、ミ♭(第10倍音の半音下)の5音。いずれも自然倍音から半音下げの音なので、インベンションで対応できなくもない。
・「スコットランド」ではC管でラの音(4楽章)、D管で下のシ(第4倍音の半音下)、ド♯(第4倍音の半音上)、上のシ(第8倍音の半音下)、ミ♭(第10倍音の半音下)(いずれも第1楽章)の5音。この中ではド♯が厄介な音でインベンションでもストップ奏法でも出すことができない。
・「ルイ・ブラス」はこの中で唯一特殊な使い方がされている。というのは、下のド(第4倍音)から上のソ(第12倍音)まで、二分音符で順次スケールで上行する部分があるのだ。これはバルブトランペットでなくては吹けないだろう。
・「賛歌」ではB管でラとシ(それぞれ第7倍音及び第8倍音の半音下)、D管でシ(第8倍音の半音下)、Es管でレ(第4倍音と第5倍音の間)が出てくる。この中ではレの音の処理が問題になる。
・作品番号61の「真夏の夜の夢」。これは劇音楽で複数の曲から成っているが、自然倍音以外があるのは、有名な結婚行進曲でのシのナチュラル(第8倍音の半音下)の音を除けば、1曲目のスケルツォに限られている。音としてはラ♭(第7倍音の全音下)、シのナチュラル、そして上のミ♭(第10倍音の半音下)の3つ。
以上みた通り、×グループの5曲も3種類に分けられるようだ。すなわちインベンションやストップ奏法でなんとか対応できそうなもの(宗教改革)、明らかにバルブシステムを必要とするもの(ルイ・ブラス)、そしてバルブがなければ出せない音はあるが、そこまで頻出しない(1音だけとか)ので楽器の選択が悩ましいもの。作曲年を見るとルイ・ブラスは1839年、悩ましい曲たちもスコットランドこそ1830年だが、それ以外は40年代の作となっていて、ペリネシステムを含め、ある程度バルブを備えた楽器が出てきていてもおかしくはない頃に作られている。
ただし、上記の議論とは別の問題として、今回僕が発見(?)して注目しているのは、この最後のカテゴリーに入る曲の中でも「真夏の夜の夢」のスケルツォにおけるトランペットの扱いについてなのだ。今まで検討してきた曲からすれば、非自然倍音の音自体は似ているのだが、不思議なのは、これが161小節目から182小節目まで(練習番号で言えばGの3小節目からHの4小節目まで)のわずか20小節ばかりの間に集中しているという点だ。
しかもスコアを見るとこの部分はホルンのパートと全く同一となっている。あくまでも仮定の話だが、この部分、メンデルスゾーンがオーケストレーションに当たって勘違いをしたか、あるいは写譜した者が誤ってホルンパートを写譜してしまったかのどちらかではないか、というのが僕の推測だ。ちなみに、この曲の出版はライプチヒのブライトコップフ&ヘルテル社(1848年初版)だが、手元のIMSLPのスコアで見ると、ブライトコップフ版もペータース版もどちらも同じ記譜になっている。
この点についてはもうすでにどこかで議論されているのだろうか。ついでに気になったので、世の中の演奏がどうなっているか、確かめて見た。自分の手元にあるCDは次の4種。
クーベリック/バイエルン放送管弦楽団(1964)
デュトワ/モントリオール管弦楽団(1986)
小澤征爾/ボストン交響楽団(1992)
ヘレヴェッヘ/シャンゼリゼ管弦楽団(1994)
ある程度予測はしていたが、最初の3つの演奏は楽譜通りの演奏だった。僕が確かめたかったのは最後のピリオド楽器での演奏(シャンゼリゼ管)。吹くのか吹かないのか、と興味津々で聴いてみたところ、どうやら自然倍音の音のみ吹き、それ以外の音は吹いていないようであった。なるほどね、そういう対応もあるかと納得。
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