ロマン派のレパートリー(その9 ベルリオーズ)
次にフランスはどうか。まずはオーケストレーションの達人、ベルリオーズの音楽について見てみよう。
Hector Berlioz(1803-1869)
ベルリオーズはメンデルスゾーンやシューマンと同じく、トランペットが急激に変化する真っ最中に作曲活動をしていた。彼の作品はトランペットの扱い方という観点から時代順に3つの時期に分けられるように思う。
I. ナチュラルトランペットだけを使用(主に1820年代)
・ミサソレムニス初稿 H20A(1824)
2 Trombe
・主はよみがえり(ミサソレムニスの第5曲目)H20B(1825)
2 Trombe (Es) & 2 Trombe (F)
・カンタータ「ギリシャ革命」H21(1825-26)
2 Trombe (A/D/C)
・ファウストの8つの情景 op.1 H33(1828-29)
2 Trompetts (B)
・カンタータ「クレオパトラの死」H36(1829)
2 Trombe (B/Es/E)
・序曲「リア王」op.4 H53(1831)
2 Trombe (C)
II. ナチュラルトランペットとバルブ楽器の併用(1827-1858)
・序曲「宗教裁判官」op.3 H23D(1826-28)
2 Trombe (E/C) & 1 Tromba à Pistons (Es)
・序曲「ウェーヴァーリ」op.2 H26(1827-28)
1 Tromba à Pistons (D) & 2 Trombe (A)
・幻想交響曲 op.14 H48(1830)
2 Trompettes (C/B/Es) & 1 Trompette a Pistons (Es)
(2楽章にオブリガート Cornets à Pistons in A あり)
・レリオ op.14b H55(1831,1855改訂)
2 Trombe (Es/E/F/D) & 2 Cornets à Pistons (B)
・交響曲「イタリアのハロルド」op.16 H68(1834)
2 Trompettes (C) & 1 Cornets à Pistons (A/B)
(後からcornet a pistons 1本追加)
・死者のための大ミサ op.5 H75(1837)
12 Trombe (B/C/D/Es/E/F) & 4 Cornets à Pistons (A/B)
・歌劇「ベンヴェヌート・チェルリーニ」op.23 H76(1838)
4 Trombe (B/C/D/Es/E/F/G) & 2 Cornets à Pistons (A/B)
・劇的交響曲「ロミオとジュリエット」op.17 H79(1839)
2 Trombe (B/D/Es/F) & 2 Cornets à Pistons (A/B)
・葬送と勝利の交響曲 op.15 H80(1840)
8 Trombe (B/C/F) & 4 Cornets à Pistons (B)
・序曲「ローマの謝肉祭」op.9 H95(1844)
2 Trombe (D) & 2 Cornets à Pistons (A)
・序曲「海賊」op.21 H101(1844, 1851改訂)
2 Trombe (C) & 2 Cornets à Pistons (B)
・ファウストの劫罰 op24 H111(1845)
2 Trompettes (B/H/C/D/F) & 2 Cornets à Pistons (A/B)
・オラトリオ「キリストの幼時」op.25 H130(1850)
2 Trombe (B) & 2 Cornets à Pistons (B) ほぼユニゾン
・歌劇「トロヤの人びと」H133(1858)
2 Trombe (Es) & 2 Cornets à Pistons (B)
III. 全てバルブ楽器を使用(1860ー)
・歌劇「ベアトリスとベネディクト」H138(1860-1862)
2 Trompettes à Cylindres (D/Es/E) & 1 Cornets à Pistons (A/B)
注)パート名については分かる限りベルリオーズの手稿譜の記載に従った。
楽器の区分は名称及び調性から以下の通りと推察される
・TrombeおよびTrompettes ナチュラルトランペット(長管)
・Cornets à Pistons シュトルツェルバルブのコルネット(短管)
・Tromba à Pistons バルブトランペット(長管、バルブのタイプは不明)
・Trompettes à Cylindres ペリネバルブのトランペット(長管)
ベルリオーズは「近代の楽器法と管弦楽法 Grand traite d'instrumentation dt d'orchestration modernes」(1844, 1856改訂)を著していることからも分かる通り、多様な管楽器に詳しかったし、楽器メーカーのアドルフ・サックス(サキソフォンやサクソルンを開発)と仲が良かったので、先進的に新しい楽器をオーケストラに取り入れた作曲家である。キイ付きの金管楽器であるオフィクレイドを積極利用した反面、セルパンなど昔の楽器には冷たかったようだ(セルパンは幻想交響曲5楽章のディエスイレのおどろおどろしい場面などでは使われてはいるが、これはその音色のキャラクターを利用したのだろう)。
ベルリオーズはドイツの作曲家が見向きもしなかったバルブコルネットをいち早くメロディー楽器として使って、金管セクションのサウンドを豊かで機動性のあるものにしている。しかし一つ謎に思われるのは、1850年代までずっとナチュラルトランペットに固執しているところだ。1840年代半ばにもなればバルブトランペットがだいぶ広まっていたであろうに、ナチュラルトランペットとコルネットとの組み合わせがいいと判断したのか、それともオーケストラの奏者がなかなかナチュラルトランペットから卒業しなかったのか、あるいはもっと別の理由だったのか。このあたり、1848年頃を境にバルブトランペット一辺倒に切り替えたシューマンなどと姿勢が異なるところが面白い。
また、コルネットとトランペットを併用するアイデアは、ドイツを飛び越してチャイコフスキーやプロコフィエフなどロシアの作曲家に継承されたという点も(ロシアはフランスかぶれの面はあったにせよ)興味深いところだ。
画像:Cornet à Pistons in B♭(19世紀後半フランス製)
National Music Museum, University of South Dakota のHPより転載
(追記)
タール氏の本"The Trumpet"には「フランスでは1891年までトランペット奏者はナチュラルとバルブトランペットとを持ち替えしていた」とあった(The Trumpet P106)。また、フランスの曲で最初にバルブトランペットが指定されたのは1827年6月に初演されたアンドレ・シェラード作のオペラ「マクベス」で、そのオケメンバーの中にはアーバンの先生だったデュベルネもいた(同P107)。
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