ロマン派のレパートリー(その4 シューマン)
前回からかなり期間が空いてしまった。ロマン派の3番目の作曲家としてシューマンの曲を見てみよう。
Robert Shumann(1810-1856)
まさにロマン派を代表するシューマンは、先に見たメンデルスゾーンと同じく、ちょうどトランペットが変わる過渡期に位置している。
トランペットのレパートリーとしては4つの交響曲といくつかの序曲くらいで数は限定される。早速作曲年代順にリストアップしてみた。
(表の見方:曲名/作品番号/作曲年/楽譜指定の管の調性、曲名の前の⚪︎×はナチュラルトランペットでの演奏可否)
⚪︎ 交響曲No.1 Op.38(1841)B/D
⚪︎ 序曲・スケルツォとフィナーレ Op.52(1841)E
⚪︎ 交響曲No.4 初稿 Op.120(1841)D
⚪︎ ピアノ協奏曲 Op.54(1841-1845)C/D
⚪︎ 交響曲No.2 Op.61(1845-1846)C
△ 歌劇「ゲノヴェーヴァ」 Op.81(1847-1848)C/B/D/Es/E/F
× 4本のホルンとオーケストラのためのコンチェルトシュテュック Op.86(1849)F
× マンフレッド Op.115(1848-1849)D/Es/E/F
× 交響曲No.3 Op.97(1850)Es/F
× チェロ協奏曲 Op.129(1850)F
× 序曲「メッシーナの花嫁」Op.100(1850-1851)Es
× 交響曲No.4 改訂版 Op.120(1851)F
× 序曲「ジュリアス=シーザー」Op.128(1851)F
× 序曲「ヘルマンとドロテア」 Op.136(1851)E
× 序奏とアレグロ・アパッショナート Op.92(1852)E
× ヴァイオリン協奏曲 WoO.23(1853)不明
ご覧の通り、極めて明快に境目がわかる。1848年作のゲノヴェーヴァからだ。
しかもこのオペラをより細かく見てみると、序曲こそはC管ナチュラルの自然倍音で書かれているのだが、5曲目以降から自然倍音ではない音が出てくる。曲を挙げれば、Act1 No.5 & No.7 (in E) Act2 No.12 (in Es) Act3 No.14 (in F) Act4 No.20 (in D & F) No.21 (in Es) はナチュラルトランペットでは吹けない。さて、作曲の進行はWikipediaによるとこうだ(以下Wikipedia日本版より引用)
「作曲は1847年4月5日に序曲の構想及びスケッチを大まかに書き上げており、5月頃には本格的に序曲のスケッチに着手する。同年の12月26日に序曲が完成し、完成後間もなく1848年1月3日に第1幕のスケッチに着手、2月4日に第2幕のスケッチがほぼ終え、3月30日に総譜を完成。第3幕は4月24日に着手したうち5月3日に終わらせ、第4幕を6月27日に終了している。全体の完成は同年の8月4日に完了したが、翌年の1849年まで細部の手直しを行う 」
この作曲経緯の通りだとすると、シューマンは1847年中まではナチュラルトランペットを想定、遅くとも1848年3月には新時代の楽器に軸足を移したということになる。僕があたったスコアは後年の出版譜なので、実際にシューマンがどのようにパート譜を書き記したのかは定かではないが、このゲノヴェーヴァより後の曲になると、自筆譜にも出版譜にもパート名に "Ventil Trompete (Valve trumpet)"と記載してあり、シューマンの場合は一度バルブ付きトランペットに移行したらもうナチュラルには戻らなかったということになる。
もう一つこのリストでわかることは、ヴァルブトランペットの場合、管長の短い楽器、すなわちF管をベースにしてそこからクルークでEs管まで延ばして使っていたらしいということだ(一部例外的にD管はあるが)。本体はD管もしくはEs管が主流で、必要に応じてB管まで延ばしていたナチュラル時代と比較すると、もうすでにこの時点でトランペットの短縮化の流れが始まっていたということになる。
画像:Valve Trumpet (G/F/Es/D/C/B)1830年代オーストリア製
National Music Museum, University of South Dakota のHPより転載
余談:トランペットの話ではないが、ホルン吹きには有名な作品番号86のコンチェルトシュテュックのスコアには、4本のソロホルンに "Ventilhorn(バルブホルン)in F"、伴奏オーケストラの2本のホルンは "Waldhorn(森のホルン、すなわちナチュラルホルン)in F" と区別して指定してある。なお、トランペットも "Ventiltrompete(バルブトランペット)in F" となっている。
(蛇足)
以上のようにシューマンの場合はとても楽器の変遷がクリアなのだが、調べていてどうにも解せなかった曲が一つあった。それは1832年に1楽章のみ作曲された交響曲ト短調 WoO29(ツヴィッカウ)だ。作曲年次が早いので習作との位置づけだが、この曲に使われているトランペットはなぜか自然倍音は全く無視の自由奔放。これはどのように解釈したら良いのか全くわからなかった。誰か秘密を知っていたら教えてください。
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コメント
>ツヴィッカウ交響曲
ペータースから出ているAndreae編の楽譜では、第2楽章の最後を現代楽器を想定して書き換えた旨が序文で明言されていました。そもそも第1楽章で2つのバージョンを折衷しているところからはじまり、逐一明記されていない部分でも「実用的」な譜面としてかなり編曲が入っているようです。
あとに出た全集版(ここからサンプルが見られます https://www.schott-music.com/en/symphonie-g-moll-no318352.html)を見ると、自然倍音のみで対応できるように書かれているのが確認できます。
投稿: kasumi | 2024/10/27 07:14