何者にもなれなかった想い
今年前半のNHK朝ドラ「あんぱん」で、中年にさしかかった主人公ののぶが「結局私は何者にもなれなかった」と懐古する場面があり、多くの視聴者の共感を呼んだということがあった。演者の今田美桜もインタビューで最も印象に残ったシーンだと語っていた。
自分ももう60代の終わりにさしかかり、60で現役引退して以降、「何者にもなれなかった」という気持ちは徐々に大きくなっているような気がする。別に若い時から野望があってそれが叶わなかったとかいうことではないのだけれど、ターゲットがあろうがなかろうが「もっと別の自分になれたのでは」という思いを拭い去るのは困難なのだ。「今の自分」という者にしかなれなかった、あるいはポジティブに「今の自分」になれた、と思うしかない。そもそも「何者」の定義がないのだから。
その定義は人に決めてもらうべきものでもなく、かといって自分で線引きをするのもどうなんだろうと思われる。とりあえず一番良くないのは人と比較することだということははっきりしている。グジグジ言わずに今の自分を受け入れ、健康に感謝する、結論はこれかな。
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