カテゴリー「本・雑誌・映画」の55件の記事

2020/04/06

The Cambridge Encyclopedia of Brass Instruments

金管楽器奏者や関係者にとっては必携の本だと思うので紹介かたがたお勧めしたい。(以下、やや文章が硬いのはもともと翻訳出版用のシノプシスとして作文したためです)

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"The Cambridge Encyclopedia of Brass Instruments"
『ケンブリッジ金管楽器百科事典』 

  • 編者:Trever Herbert, Arnold Myers, John Wallace
  • 総ページ数:612ページ
  • ISBN978-1-107-18000-0
  • 発行年:2019Cambridge University Press

編者及び作者について】

Trever Herbert:イギリス・王立音楽大学名誉教授。専門は音楽学。トロンボーン奏者としてBBC交響楽団やタヴァナー・プレーヤーズなどで演奏していた。
Arnold Myers:イギリス・エジンバラ大学名誉教授。専門は音響学。元・同大学楽器博物館の館長であった。
John Wallace:イギリス・スコットランド王立コンセルヴァトワール教授。トランペット奏者としてロンドン交響楽団、フィルハーモニア管弦楽団などで演奏したのち現在はソリストとして活躍している。

項目の執筆は、それぞれの専門分野の学者あるいは第一線で活躍する演奏家に委嘱しており、執筆に携わった専門家は編者の3人を含む35人、15カ国に及んでいる。

 【内容】

本書は金管楽器に関する総合辞典である。辞典のメインとなる部分では、項目が全てアルファベット順に記載されており、見出し項目数は420。カテゴリー別に分けると、楽器(約100)、金管楽器に関わるトピック(約170)、人物(約130)、重要な音楽作品(約20)など、広範囲にバランスよく選択してある。また、項目数が多くない分、一つ一つの解説が詳細なものとなっている。メインの部分のあとに5つの別表が添付されており、それらは世界各地の楽器の名前、それぞれの楽器の音域、楽器メーカー、各地の楽器コレクション、歴史的教本の徹底的かつ詳細なリストである。そして巻末に参考文献一覧と索引がつくという構成となっている。詳しく丁寧な項目説明に加えて、参考文献と索引・検索機能が充実しているのもこの本の大きな特徴である。

 【本書の優れた点

金管楽器に関する本としては初の充実した本格的な辞典である。各地で調査や活動をしている第一線の専門家が最新の情報を元に執筆しており、内容の信頼性も高い。また、西洋音楽に特化することなく、世界各地の金管事情の記事も含んでおり、時代に関しても古代から現在に至る歴史をもれなくカバーしている。

金管楽器の歴史を扱った本としては、アンソニー・ベインズの「金管楽器とその歴史」(福井一訳、音楽之友社)が挙げられるが、執筆・出版されてから年月も経っているので情報も古く、また辞書的な用法には適していない。また特定の楽器に関していえば、「トランペットの歴史」(エドワード・タール著、中山冨士夫訳、ショット・ミュージック)などの本もあるが、これも読み物であり辞書的な役割は果たしていない。このように今回の本書のような金管楽器全般に特化した辞典は今まで類書が見当たらない状況である。金管楽器に関して調べ物をする際に最適であるのはもちろんのこと、それぞれの項目自体読み物としても読み応えのある内容となっている。まさにプロフェショナル、アマチュアを問わず、金管楽器を演奏する者、学者、研究家、あるいは音楽愛好家など幅広い層に歓迎される本だと思う。

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どこかの出版社から日本語訳が出ると嬉しいのだが(そしてその翻訳作業に関われることができればもっと嬉しいのだけれど、今のところまだ見込みなし)

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2019/04/20

翻訳初出

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自分の訳した文章が活字になった。

「ベートーヴェンの金管奏者たち」

管楽器専門誌「パイパーズ」5月号。元の論文はアメリカのベートーヴェン研究家、セオドア・アルブレヒト氏がヒストリック・ブラス・ソサエティ(HBS)のジャーナルに寄稿したものだ。ベートーヴェンの名曲は誰が初演したのか、奏者と作曲家の仲はどうだったのか、またその奏者の技量は作曲家の筆にはたして影響を与えたのか否か。丹念な調査と曲の分析から演奏家と作曲家の関係を捉えてみようという試みである。

翻訳そのものは昨年終了していたのだが、HBSとアルブレヒト氏の許諾が得られたのでこの度めでたく日本語の印刷物となってお目見えすることとなった次第。

全体長いので4回にわたって連載の予定。

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2018/05/24

「暇と退屈の倫理学」

昨日に引き続き本の紹介。
哲学者が一般向けに書いた本って面白くてつい手にとってしまう。きっと突き詰めて考えること自体、またそれを言葉という手段だけで人に伝えるという点では哲学者に敵う人はいないからだろうか。最近読んでいるのはこちらの本。

國分功一郎「暇と退屈の倫理学」(太田出版)

自分も随分前から、仕事をするって究極の暇つぶしだなあ、と思っていたのだが、この本によるとなんと人類は定住生活を始めた約1万年前から退屈と闘ってきたとのこと。これからは人生100年時代。暇といかに共存するか、勉強するに越したことはなさそうだ。

この先生、こういう人生案内の本も出している。アマゾンのページからは中身がいくつか読めるのでリンク先を紹介しておこう。

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2018/05/23

「良心をもたない人たち」

新刊ではないが、最近読んだ本の紹介を。

「良心をもたない人たち」マーサ・スタウト著(草思社文庫)

組織に勤めていると、人間関係を円滑に保つのが困難な時もある。
そうした中、たまにこちらが理解に苦しむ人というのがいたりもする。
ひょっとするとその人は25人に一人いると言われるサイコパスなのかもしれない。
(米国では人口の4%、日本だと人口の1%、つまり100人に一人ということらしい)

人間理解の一助にもなるし、「良心とはなにか」を考えさせてくれる本でもある。
中身については草思社のHPを参考までに引用しておこう。

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2018/05/01

昨日見たのだが、フジの月9ドラマ(コンフィデンスマンJP)が面白い。
主演の長澤まさみってあんなに芸達者だったっけ、当たり役だね。
脇を固めるレギュラーもいいし、台本も痛快、テンポも良くて1時間があっという間に感じられた。
フジにしては超久々のヒットになるんではないかな。

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2016/02/22

PIPERS3月号

先週発売された管楽器専門月刊誌パイパーズ3月号に僕の記事が載ったのでご紹介。

1つは巻頭Zoom up で今回の「これしかない」の演奏会の紹介(4世紀にわたる金管楽器を吹き分ける)が2ページ、これはリハーサルの時に取材されたもの。
もう1つは最後の方に3ページの記事(PJBEからキイトランペットまでの遍歴)で、こちらはプログラムに挟んだ解説に多少修正を加えたもの。ちょっと昔の写真なども使ってみた。

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(下敷きになっているのは前回2009年6月号の記事)

解説の方はプログラミングとも密接に関係していたので、これだけを取り出すとちょっと「なぜこの話題がここに?」という部分もなくはないのだが、まあそんな細かいことにこだわってもしょうがないだろう。
「このプログラムノートは面白いので記事にしたいのだが」とおっしゃっていただいた編集長に感謝。

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2012/07/09

翻訳について思うこと

最初にこの文章を読んで欲しい。

==引用=====================
 古来の教会音楽を踏まえたミサ・テキストへの曲づけは、バッハにとって、カンタータの作曲とは根本的に異なる何かを意味した。なぜなら、カンタータにおいてはつねに、新しい詩文が作曲の対象となったからである。眼前に置かれたテキストに音楽をつける最初の人がバッハであることも多ければ、唯一の人がバッハ、ということも珍しくなかった。その種の、いわば処女を拓くような作曲は、何世紀にもわたって途切れない歴史をもつミサ曲の分野では、とうてい不可能であった。バッハは、多声のミサ曲、その音楽史上のあまたの実例に若い頃から親しんでいたため、伝統から自由になることはできなかった。バッハは逆に、伝統を極める道を選ぶ。彼の声楽曲の中で、様式の種類や形式、作曲技巧が、過去から同時代にわたってこれほどの広がりを示している作品は、<ロ短調ミサ曲>をおいて他にない。バッハが既存の範例(自作から取られたものも含む)と取り組み、それをさらに発展させたことにより、<ロ短調ミサ曲>には最初から、唯一無二の作品となるべき見通しが与えられていた。
=クリストフ・ヴォルフ「バッハ ロ短調ミサ曲」より=

これをすらすらと読んで一回で何を論じているか理解する人がどれくらいいるのだろうか?先の日記の文章と比べて欲しい。もちろん片や気の凝らないエッセイ、こちらは学術研究の文章という元々の目的の違いはある。それにしても、分かりづらい。読み手の前に「どうだ、理解できるものならしてみろ」みたいに立ちはだかっているように見える。自分にはこれは如何にも悪文ではないかと思えるのだが、いかがか。

訳者は名は秘すがバッハ研究を専門とする音楽学の学者だ。原文はドイツ語、原作者の文章に余分な解説をつけず正確に逐次訳するとこうなるのだろう。ただ、原語にアクセスできない日本の読者のために本を紹介する際に、文章の正確さと分かり易さとどちらを優先すべきかと比較したら僕は後者じゃないかと思うのだけれど。

思うにこれは翻訳者の職業の性格によるのかもしれない。小川さんは演奏家だから人前で説得力のある演奏をするのが仕事。翻訳も無意識のうちにその延長線上でなされたのではなかろうか。それは顧客に対するサービス精神と言い換えられるかもしれない。それと、彼女は音楽家だからこそ文章のリズムとか美しさとかに敏感だからなのだろう。いや、きっとそうに違いないと僕は確信してしまった。それに比べて音楽学者は、という好例みたいに思える。研究者向けの書籍ならそれでもいいんだろうけどね。

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2012/07/08

「静けさの中から」

OUT OF SILENCE - A Pianist's Yearbook
「静けさの中から」ーピアニストの四季

スーザン・トムズ著 小川典子訳(春秋社)

仕事帰りに立ち寄ったメトロ構内の本屋でなにげなく手に取った本にちょっと心惹かれた。普段だったらピアニストのエッセイ本はわざわざ購入しない。それは例の距離感に依るものだと思う。例えば茂木さんとか岩城さんの本とかと違って、なんか共感するところが少ないんじゃないかと危惧して手に取ることもしない。いわば食わず嫌いなんだと思う。

ところがこの本はちょっと違った。というのは翻訳に「小川典子」という著名なピアニストの名前があったからだ。イギリス在住で国際的に活躍するピアニスト(BISからCDも多数出ている)の小川さんが、わざわざその忙しい演奏活動の間に翻訳してまで読んでもらいたいと思ったのには訳があるんじゃないかと感じられたのだ。

そしてその期待は予想以上に報われることとなった。

著者のスーザン・トムズはソロピアニストとして、またフロレスタン・トリオのメンバーとして世界の舞台で活躍する人。文筆活動も盛んに行っていてこの本は3冊目の著書ということらしい。プロの音楽家が日頃考えていること、音楽のこと、演奏会、レコーディング、その他もろもろの話題が軽妙かつ的確な文体で綴られている。それらはもともとは彼女のブログにアップされた記事のようだ。ブログはこちら

本の副題にある通り、四季折々、1月から12月までの章に分かれて全部で120近くのエッセイが収められている。ピアニストじゃなくてもどれも興味深い内容だ。ちょっと愉快なエピソードからプロとしての深刻な悩みの吐露まで、途中から気に入ったものに印をつけていたら20以上にもなった。その中の一つ、短いのを選んで引用・紹介してみよう。

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「細かいのはどちら?」

 声楽家として生計を立てることの難しさに疲れ果て、学校へ通いなおし、銀行員になった友人がいる。彼は新しい就職先の銀行に出勤したとき、同僚からこんな質問をされたそうだ。「大変だろうねえ。ヘンな気持ちがするんじゃない?好きなように自由でいられる職業から、こんなに精密な作業が必要な仕事に就くっていうのは」。この素晴らしい友人、元・声楽家は小気味良く答えた。この、まことにすばらしい返答を聞いてほしい。「いやいや、それはむしろ逆だねぇ。音楽は、銀行に勤めることよりも、ずーっと細かくて精密や作業だよ」。
 一瞬のうちに立場を逆転させてしまったこの答えに、心から拍手を送りたい。これが、まったく自然に口から出たというのだから、最高だ。
 「だって、本当じゃないか」。話を聞いて笑いの止まらない私に、彼は真顔で言った。「銀行での僕は、数字を追ってばかりいるわけじゃない。もちろん、ぜったいに間違いが許されない場面は時々あるよ。でも音楽の場合は、常に、ずっと、絶対に、間違いが許されないじゃないか」。  

(引用注:24ページから25ページまで。最後の「常に、ずっと、絶対に」のところには強調の点が振ってある)
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中身が面白いこともさることながら、ここでは翻訳が卓越していることも強調しておきたい。読者が理解しやすく、かつこなれた日本語にするために言葉を継ぎ足したり、省略したり、という細かくて丁寧な作業が行われたであろうことは疑いの余地がない。これは、きっと同業の小川さんでなければできない仕事だったんじゃないかと思う。
そもそも本のタイトル、Yearbook を「四季」と訳しているところからしてセンスの良さが伺えるというものだ。「年鑑」とか訳されちゃうと目もあてられないからね。
いやあ、お勧めの本です。

翻訳については他にも思うところあるので、それはまた次の日記で。

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2012/06/17

バイリンガル聖書

昨日なにげに買ったバイリンガル聖書というのが結構面白い。

というのも、今まで日本語で不自然だなあと思っていた部分が、英語だと「なるほど、そうか」という感じですらすらと読めるのである。あ、これは英語に堪能だからというわけでは決してないので誤解のないように。つまりそれだけ英語が平易で読みやすいってことだね。

例えば新約聖書のしょっぱな、マタイの福音で人名がずらっとあるところ。

日本語だと
「ヤコブにユダとその兄弟たちが生まれ、ユダに、タマルによってパレスとザラが生まれ」
とあるのは
"Jacob the father of Judah and his brothers, Judah the father of Perez and Zerah, whose mother was Tamar,"
こういう調子。誰が父親で誰が母親かこれだと分かるよね。


それから、日本語訳に良く出てくる「見よ」というフレーズ、英語だと"behold"ということになるのかな、メサイアでおなじみの。これが英語版だと全然文中に出て来ない。

なんだ、なかったのか。と一瞬思ったけれど、そういえば聖書のオリジナルってラテン語だっけ、そこにあるのかないのか、確かめてみたところ(こういうときネットって便利)、やっぱりちゃんとあった!"ecce"ってね。 日本語訳の方が正しいんだ。

でも英訳を見る限り、別にこれがなくても不都合はないんだよね。というわけで一事が万事、日本語訳は正確を期そうとしたがゆえに却ってわかりづらく、なじみにくくなってるんじゃないかと思ったのだった。

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2011/12/13

文章とリズム

「小沢征爾さんと、音楽について話をする」小沢征爾X村上春樹(新潮社)読了

まず村上春樹の(クラシック)音楽に対する造詣の深さに驚く。単に知識があるというだけではなく音楽をその優れた感性で本質から捉えようとするその姿勢が極めて上質の音楽ファンという印象を与える。氏は楽器も演奏しないし譜面も読めないと書いているけどそういうことは一切関係ないんだね。

小沢征爾のキャリアについても「やっぱりすごいんだね、この人」と思ってしまった。特にファンというわけではなかったからちょっと新鮮。

対話の中で一番面白かったのは、本章の合間にインターリュードとして差し挟まれている「文章と音楽との関係」(P129から)のところ。ちょっと長くなるが引用すると、

村上「小説を書いていると、だんだん自然に耳がよくなってくるんじゃないかな。逆の言い方をすると、音楽的な耳を持ってないと、文章ってうまく書けないんです。だから、音楽を聴くことで文章がよくなり、文章をよくしていくことで、音楽がうまく聴けるようになってくるということはあると思うんです。両方向から相互的に。」(中略)
村上「それで、いちばん何が大事かっていうと、リズムですよね。文章にリズムがないと、そんなもの誰も読まないんです。前に前にと読み手を送っていく内在的な律動感というか……。」

なるほど。そういう風には捉えてなかったけれど、すとんと腑に落ちる。言葉にリズムの良し悪しがあるのは理解していたけど文章そのものもね。読みやすい文章となかなか読み進みづらい文章があるのはそのせいか。

例えば自分で書いた文章でもそうだ。書きたいことを一気に書いた文章は荒削りだけれどなんか勢いがある。後で読み返して推敲すると、確かにあらは無くなるけど説明書きが長くなったりして却ってアクセントも一緒になくなったりする。センテンスを入れ替えたりの構成とかも同様。

最近(関心はあるのに)どう頑張っても読了できない本があって、それは翻訳のせいだろうと思っていたんだけれど、ひょっとするとリズムも良くなかったのかもしれない。

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